運転中のケンカのワケは?
今日、大学からの友人が、メッセージをくれました。
予定日より一日早く、女の子を無事、出産した、とのこと。
上に男の子がひとりいるので、彼はお兄ちゃんになったのですね!
安産だったとのことで、何よりでした。
R子、Nきくん、おめでとう♪
◇◇◇
今日、ネットのニュースでみつけた記事にありました。
運転中にケンカしやすいのって、なぜ?
というタイトルのもの。
この中で「自動車ライター」(という肩書きのお仕事の方がいらっしゃるのですね!)が
こんなふうにおっしゃっています。
「私自身も毎日のように運転していますし、いろいろなドライバーを取材していますが、
人それぞれ、運転技術やスピードの感覚って明らかに違うんですよね。
それで、自分の感覚とほど遠い運転をされると、
違和感が生まれることが、まずあると思います。
~自分の運転感覚が確立し、スタイルが出来上がると、
それ以外の運転が自分の感覚と違うので、怖くなるのでしょう。
私の場合、狭い道でもスピードを緩めないらしく、よく同乗者から、怖いと言われます。
自分としては、このくらいぜんぜんフツウと思ってるのですが……。
特に、ブレーキを踏むタイミングが自分の感覚より遅い運転者だと、
この人怖い! と思うのですよね」
運転される方は、うんうん、そうそう!、と思い当たるのではありませんか?
端的にいうと、運転中のケンカのワケはちょっとした感覚のズレ、
そもそもの正体は
違和感
といえるのかもしれません。
ですが、この記事を読んで思ったこと。
これは何も運転中に限ったことではないのではないか、ということ。
ここでも何度か書いていますが、
例えば私は会社を経営する、ということを車の運転におきかえて話すことがあります。
このときも、それまではうまくいっていた関係が
なぜか、「一緒にひとつの会社を経営しようとする」とうまくいかなくなることがある。
それまで、別々にやっていたときはどちらもハンドルをにぎって、
ちゃんと運転できていた、つまり、それぞれが経営してきたはずなのに
一緒になった途端、うまくいかなくなってしまったり、とか。
例えば、恋愛関係だったときはうまくいっていたはずのふたりが
結婚したら衝突ばかりして、どうもうまくいかなくなってしまった、とか。
思い起こしてみれば、そういったケースってけっこうあるような気がします。
冒頭の記事では最後にこんなふうにライターさんがいっています。
「車を運転するときは、責任感や他の車の流れにのる協調性、
運転技術など、肉体的にも精神的にも様々なことを一度に求められます。
緊張もあれば、運転に集中するため、“素”が出やすいこともあると思います」
運転というのは「業務」であり、しかも命をあずかるものですよね。
そういうときに人は”素”がでて、
ときにいっぱいいっぱいになって、
そんなときに一緒に乗っている人を思いやれなくなり、
違和感を抱え、
最終的にケンカになる。
それ以外の場面ではケンカというより、不信感が生まれ、
関係性に亀裂が入る、ということがあるのでしょう。
違和感のうちに、うまくコミュニケーションをとって
それらを解消するか、
どうしてもひとりよがりな運転をする人の場合には
ダメだと思ったら、自分がその車をおりる判断をしたり。
お互いの命を守るためには(大げさか?)
必要なことですよね。
また、そうやっていかないと、他に車に乗っている人や、
周りをはしっている車にも、
ご迷惑をおかけすることになりますからね。
たまーに、暴走している車だ、という認識をせず
乗っている仲間たちで盛り上がって
危険な運転をしている車をみかけますが、
事故にあう前に気づいてほしい・・・と思わずにはいられません。
自分たちだけでなく、多くの人を不幸にすることですから、ね。
(わかりにくいたとえ話で、すみません・・・)
予定日より一日早く、女の子を無事、出産した、とのこと。
上に男の子がひとりいるので、彼はお兄ちゃんになったのですね!
安産だったとのことで、何よりでした。
R子、Nきくん、おめでとう♪
◇◇◇
今日、ネットのニュースでみつけた記事にありました。
運転中にケンカしやすいのって、なぜ?
というタイトルのもの。
この中で「自動車ライター」(という肩書きのお仕事の方がいらっしゃるのですね!)が
こんなふうにおっしゃっています。
「私自身も毎日のように運転していますし、いろいろなドライバーを取材していますが、
人それぞれ、運転技術やスピードの感覚って明らかに違うんですよね。
それで、自分の感覚とほど遠い運転をされると、
違和感が生まれることが、まずあると思います。
~自分の運転感覚が確立し、スタイルが出来上がると、
それ以外の運転が自分の感覚と違うので、怖くなるのでしょう。
私の場合、狭い道でもスピードを緩めないらしく、よく同乗者から、怖いと言われます。
自分としては、このくらいぜんぜんフツウと思ってるのですが……。
特に、ブレーキを踏むタイミングが自分の感覚より遅い運転者だと、
この人怖い! と思うのですよね」
運転される方は、うんうん、そうそう!、と思い当たるのではありませんか?
端的にいうと、運転中のケンカのワケはちょっとした感覚のズレ、
そもそもの正体は
違和感
といえるのかもしれません。
ですが、この記事を読んで思ったこと。
これは何も運転中に限ったことではないのではないか、ということ。
ここでも何度か書いていますが、
例えば私は会社を経営する、ということを車の運転におきかえて話すことがあります。
このときも、それまではうまくいっていた関係が
なぜか、「一緒にひとつの会社を経営しようとする」とうまくいかなくなることがある。
それまで、別々にやっていたときはどちらもハンドルをにぎって、
ちゃんと運転できていた、つまり、それぞれが経営してきたはずなのに
一緒になった途端、うまくいかなくなってしまったり、とか。
例えば、恋愛関係だったときはうまくいっていたはずのふたりが
結婚したら衝突ばかりして、どうもうまくいかなくなってしまった、とか。
思い起こしてみれば、そういったケースってけっこうあるような気がします。
冒頭の記事では最後にこんなふうにライターさんがいっています。
「車を運転するときは、責任感や他の車の流れにのる協調性、
運転技術など、肉体的にも精神的にも様々なことを一度に求められます。
緊張もあれば、運転に集中するため、“素”が出やすいこともあると思います」
運転というのは「業務」であり、しかも命をあずかるものですよね。
そういうときに人は”素”がでて、
ときにいっぱいいっぱいになって、
そんなときに一緒に乗っている人を思いやれなくなり、
違和感を抱え、
最終的にケンカになる。
それ以外の場面ではケンカというより、不信感が生まれ、
関係性に亀裂が入る、ということがあるのでしょう。
違和感のうちに、うまくコミュニケーションをとって
それらを解消するか、
どうしてもひとりよがりな運転をする人の場合には
ダメだと思ったら、自分がその車をおりる判断をしたり。
お互いの命を守るためには(大げさか?)
必要なことですよね。
また、そうやっていかないと、他に車に乗っている人や、
周りをはしっている車にも、
ご迷惑をおかけすることになりますからね。
たまーに、暴走している車だ、という認識をせず
乗っている仲間たちで盛り上がって
危険な運転をしている車をみかけますが、
事故にあう前に気づいてほしい・・・と思わずにはいられません。
自分たちだけでなく、多くの人を不幸にすることですから、ね。
(わかりにくいたとえ話で、すみません・・・)