「大切にすること」と「甘やかすこと」。 | 『起業&キャリア』について後悔しない思考の「くせ」をつける方法〜キャリアコンサル日記

「大切にすること」と「甘やかすこと」。

「怒ること」と「しかること」は
アクションはとても似ているかもしれないが、
その性質は全然違う。


主体がどこにあるか、が全然違う。


怒る、は自分に主体がある。
しかる、は相手に主体がある。


怒られた人は自分を怒った人に対して嫌悪感を記憶する。
しかられた人は自分をしかった人に対して感謝を記憶する。


感謝をともなった記憶は、そこに絆をうむ。

それに気づいたのは実はつい最近のことだ。


去年、私の結婚式に学習塾時代の生徒が私のためにステキなプレゼントをくれた。

それは、もと生徒たち、もとスタッフたち、結婚式の参加者のみなさんに頼んで
私へのメッセージを集めたもの。


去年、それを読んだときはうれしさの方が上回って
正直なところ、熟読できていなかったようだ。

先日、それをゆっくり読み直してみた。


そこで気づいた。


もと生徒たちのコメントの中に、なんと



草野先生にしかられた思い出



が多いことか・・・。


塾の帰りにコンビニによっているところをみつかってしかられたこと
夏の合宿で禁止されていることをしているのをみつかってしかられたこと
などなど


当時はうるさいやつだと思われていたと思うけれど
ふりかえってそれが思い出として記憶されていることを改めて知り、
気持ちはつらかったけれど、そういう絆が残っていてよかった、と思いました。


◇◇◇


前置きのほうが長くなったのですが、


「大切にすること」と「甘やかすこと」


も同じような違いをもっていると感じる。

一見、そのアクションは似ている。

ところが、それぞれがもたらす結果はきっと全然違う。


大切にされた人は大きな安心感に包まれている。
甘やかされた人は不安を打ち消すためにわがままになる。


これは親子関係だったり、上司と部下の関係だったり、
会社と社員の関係だったり、いろんなところであてはまる。

また厄介なのは、

大切にしているつもりが、結果的に甘やかしていることになっている

なんてこともあったりすること。



今、世間で言われているモンスターペアレントの問題なんかも
根っこの気持ちが問題なのではなく、
表面に現れてきているアクションが、結果としてみると問題になっている側面もあると思う。
(なかには確信犯的な方もいらっしゃるのだと思うけれど)



私はこれまで、
生徒に対して、スタッフに対して、部下に対して、受講生に対して
「大切にする」と「甘やかす」を間違わないように、いつも自分に問いかけてやってきた。


こればっかりはどこかに正しい「行動ノウハウ」があるものではないのではないかと
思っている。


私はこれからも、ノウハウのないことについて、
問いかけをやめずに誠意をもってやっていきたいと思う。


と、今つよくこんなことを考えているのは
自分のこどもが生まれてきたときに
これまでと同じようにしっかり考えなければという
自分への戒め、なのかもしれません。