能登半島地震。 | 『起業&キャリア』について後悔しない思考の「くせ」をつける方法〜キャリアコンサル日記

能登半島地震。

3月25日(日)午前9時42分。

能登半島で地震が起きました。

私は生まれたときから大学に入るまで18年間、住んでいましたが
体に感じる地震の経験は、たぶん、数えるほどしか、ありません。

私の実家は、石川県の穴水町というところ。


震度6の地震がおきた。
もっとも被害の出ているところは輪島市、七尾市、穴水町。


そんな単語がテレビで繰り返されていました。

普段は両親が暮らしていますが、
その日は偶然、母がクラス会で上京しており
実家には父がひとりでおりました。


日曜の朝、目が覚めて、
前日までの実践コースが終了した、若干の喪失感も
あってのですが、
何の気なしにつけたテレビをみて、びっくりしました。


能登で地震なんて、信じられない


というのが私の感想でした。

そして、次の瞬間、携帯電話で実家へ電話。

ダメ、つながらない。

父の携帯へ電話。

呼び出さない。


しかたがないから母へ電話。


母もテレビをみたらしいのですが、父とは連絡がとれていない。


それからの40分あまり。

テレビで繰り返される地震発生の報道と津波への警告。


言いようのない恐怖におそわれていました。



それからしばらくして母から電話が入ってきました。


父はとりあえず、無事。


その瞬間、本当にほっとしました。

本当にほかの方には申し訳ないけれど、

父の無事だけでとりあえず、安心して、よかった、と思いました。


でも、今思うと、あれから私はずっとまともではなかったのかも
しれません。


それが理由に、今年に入ってずっと続けてきたブログをアップする
ことができませんでした。


まともに考えることができなかったように思います。


ひとりでいることができなくなり、
人に一緒にいてもらいました。


けっこう自分は強いと思っていたけれど、
それは実家で両親が元気にしてくれてるからなんだ、と
改めて思い知りました。


◇◇◇


私は今このブログを実家から書いています。

父にも会い、実家にも行ってきました。

自分の目でみて、もちろん、ショックを受けるようなところもありますが、

遠くにいてやきもきしていたよりはずっと落ち着きました。



今回、地震がおきてから、本当にたくさんのメッセージをいただきました。

みなさん、能登半島地震、ときき、私のことを思い出してくださったそうです。

うれしいやら、申し訳ないやら。

本当にご心配いただきましてありがとうございます。


そして、多くの方から、何かできることがあれば、といっていただきました。

私の実家と私の両親は避難生活を送ったりしているわけではないので

直接何か、ということはありませんが、

実際に避難生活を送られている方など、自治体などで何か支援を

募っていたら、ぜひ、ご協力いただけたら、と思います。


私も私には何ができるかな、と考えています。

仕事を休んで(今は休ませていただいてますが)何か活動する、とか
いうことは現実的に難しいので、東京に戻ってからも何かできないかな
と考えています。


今、思いついていることといえば、能登へ来てくださる方々が少なくならないように
能登のPRをしていくこと、とかです。

私ごときががんばったからってどうなるものでもないかもしれません。

でも、今一番怖いのは、地震がおさまってからの「『風評』という余震」かもしれないのです。

私の大好きな、私の大切な故郷、石川県、能登半島。

自然の力をとめることはできませんが、

地震がおさまったら、その先の「余震」は阻止していきたい、と思います。



ご心配いただいたみなさま、本当にありがとうございます。
きちんとみなさんにご連絡さしあげることができておらず、
大変失礼いたしております。


ブログをアップしなかったことで、余計にご心配をかけてしまった方も
いらっしゃることと思いますが、今のところ、大丈夫です。

ただ、自分の目で確かめるまで、安心できなくて、時間がかかって
しまったことをお許しください。



災害はいつどこにやってくるか、わかりません。

まさか。と思うところに、まさか。と思うタイミングでやってくるものです。

今回はそのことをいや、というほど思い知らされました。

そして、たくさんのことを考えさせられました。

まだ収集がついていないのですが、ちょっとずつ、

かみくだけたら、またアップしていきたいと思っています。


最後に、今回の地震で被災された方々、今も避難生活を送る方々、
復旧、復興にご尽力されている方々のご健康をお祈りし、
一日も早く、平穏な日々が戻ってくることを願いたいと思います。