奇なり

鏡の中には特になにもありません。

今まで歩いて来た側の廊下や玄関に続く廊下、階段にいたるまで何も変化がないのです。

高らかに笑う大人の声が聞こえた時点で、朋姉さんはこういってしまいました。

「ったく!なにこれ、やっぱバッタもんの鏡はだめだわ。何も起きやしない!」

かなりご立腹です。

私にとっては、とても都合のいい結果でしたが、すぐに状況が変わってしまいました。

二階から声がこだましていたのです。

「大変だよ!!!!姉ちゃん!!お姉ちゃん!!」

「おーい!あねちゃ!あねちゃ!…朋姉ぇ!まゆみ!」
「晃が、晃が!おどげならねぇだ!!」(おどげならね・・・大変な様子だ)

かなり焦った上の声に私たちはすぐにすっ飛んでいきました。

階段に近い部屋の入口で声をかけた俊介さんが、相当焦った顔をしたまま私たちに部屋の中央に向かい指をさしていました。

駆け付けた私たちが目にしたのは、双子の兄弟の前で畳の上にあおむけで横たわる弟の、泡を吹きながら紫色にかわっていく顔色でした。

私はほほに手を当てて悲鳴を上げてしまいまいました。

「何!何があったの」

「しらないよ、僕たちマンガ読んでたし、俊介兄ちゃんは携帯いじってただけだもん」

「あんた達!下いって大人呼んできて!」

朋さんがそういうと「わかった」といって双子は階段を駆け下りていきました。

あたしは涙ぐんだまま「晃!晃!」と耳元で叫んでしました。

朋さんは動かしたらだめだといって、脈や心臓の鼓動を確かめてすぐに顎を胸よりも高く上げて口を開かせました。

「死んじゃやだ、死んじゃやだ」

そういう私に俊介さんは肩をつかんで「んなごと、あるわけねえべぇ」

「でぇじょうぶだから、でぇじょうぶだから」と励ましていました。

朋さんは引き続き弟の胸を開けて心臓マッサージをしたり人工呼吸をしたりしはじめました。

俊介さんが言うには、ほんの数分前まで、ゲームをしていた晃が、突然胸が苦しいと訴えて横になったそうなのです。

俊介さんが声をかけて近づいた時には苦しそうに胸に手をあてていました。
そうかと思ったらどんどんと畳を蹴ったりたたいたりして、とうとう動かなくなってしまったというのです。

「姉ちゃんたち!変だよ!」
下に降りてきた二人が今度は血相を変えて帰ってきました。

人工呼吸をする朋さんに「部屋に…!部屋に…だれもいないんだよ」
と力君がいったのです。

「なにぉ、ふずくるな!ほだなごと、ほんにしたたてでぎね」

憤る俊介に、埒が明かないとばかり

「いいからあんた見てきな!」

マッサージの手を早めたまま朋さんは指図しました。

私は気が動転して、晃の様子をただわなわなとみるばかりでした。

抱き合う双子は部屋の隅で傍観するのが精いっぱいでした。

しかし、すぐに帰ってきた双子の兄弟とは異なり、俊介さんは一向に帰ってくる気配がありません。

しびれを切らした朋さんが階段の方を向いて叫びました。

「俊介!俊介!一体どうなってるの!返事しなよ!」

広いこの部屋にも隣の勉強部屋にも響くほどの声です。

一階でさえ障子が振るわんばかりの女性の声がむなしく響いていました。

「まゆみちゃん、私、ここで手を放すわけにはいかないの」
「だから願い、勇気を出して下にいってみてきてほしいの?あなたしかできないんだから、いける?」

私はむせび泣きながら、その言葉が出てきた口元と紫色の顔で口元がぽっかり空いた弟を見比べていました。

「まゆみちゃん!」

こわばった顔で見つめられたとき、とっさにうんと頷いてしまいました。

「あんた達はこっちに来て晃の手足をさすってよ!」

「えぇぇ、やだよ、怖いよ…」

「あんたのいとこだよ、死んじゃったらどうすんだよ!ばか!」

おっかなびっくりしながら近づく二人と入れ替えに、私は立ち上がり後ずさりしました。

しっかりと胸を押さえ仕込む朋さんは私に「お願い!早くね!どんなことでもいいから下の様子、すぐ伝えて!」

「ヒック…ヒック…わかった…」

駆け下りる私は茫然としました。

大広間への入り口と、その周りを囲む部屋中の扉は開け放たれたまま。

しかも、さっきまで笑い声と話し声がしていた大人たちの痕跡が全くなくなっていたのです。

そればかりではありません。

食べて残っているはずの料理や、片づけられているはずもないお皿など、食事にかかわる一切のものがそこになかったのです。

テーブルはもとより、座布団すらありません。

入口から一番奥を見ると真っ暗になった仏間の中に人影がぽつんと見えました。

「きゃぁぁぁぁ!」

私の悲鳴はその人影にまっすぐ届きました。

しかし、微動だにしない。

すると、その仏壇の鐘の音がチーン、チーンとなりだし、蝋燭が一つ、また一つとつくではないですか。

私はもう一度悲鳴を上げました。

そして階段を戻って二階の部屋に向かおうと動いたとき、その人影がグワンと倒れこんだのです。

蝋燭の灯が照らすその顔は、先ほど降りて行った俊介さんだったのです。

「いやぁぁぁ!いやぁぁぁ!」

私は無我夢中で二階に上がりました。

「朋ねえさん!朋ねえさん!」

今度はさらに驚いたのです。

二階はすべてふすまも障子も開け放たれているはずがすべてしまっているのですから。

一瞬たじろぎながらも、ありえない現象に躊躇する以上に一階の怪奇現象の恐怖から逃れたい一心でした。

「朋ねえさん、下が…」

さらに驚いた私。

ふすまの先にはいるはずの4人、横わたる弟の姿とその上に馬乗りになって人工呼吸をしている朋さんと、回りでサポートする双子の姿が全くなかったのです。

煌々と部屋の四隅を照らす照明が、ジィィィとなっているだけでした。

私は一歩一歩あたりを気にしながら部屋に入りました。

「晃…朋姉さん…力君…強君…」

「どうして?どこ行ったのよ!ふざけないで!怖がらせないで!もういや…もうやなんだから、こんなの。いたずらならやめて…お願いだからやめて…」

部屋の隅々をすすり泣きをしながらさがしました。

でも人影はおろか、一階の様子同様その痕跡すらなくなっていたのです。

私は晃が横たわっていたはずの部屋の真ん中でわんわん泣いてしまいました。

どれくらい時間が過ぎたでしょう。

私は階段の方を振り返りました。

チーン、チーンという仏壇の鐘の音が少し響いていました。

鳥肌をさすり座りながらそちらのほうへ進みました。

廊下には下で使っていた懐中電灯が転がっていました。

まだ、音はかすかに聞こえます。

私は意を決し下におり始めました。

階段越しから少し部屋の様子が見えてきたとき屈みながら仏間を覗きました。

倒れている俊介さんを何とかできればと思ったからです。

ここから見る限り部屋の奥までは確認できません。

入口まで行き中を探しました。

驚いたことにそこに倒れていたはずの彼の姿までなくなっていたのです。

私は思わず「俊介さん!」と叫びました。

そして、持っていた懐中電灯をそこまで届かせました。

しかし、いません。

そればかりか、ゆらゆらと揺らめいているはずの蝋燭の灯まで消えているのです。

怪奇をこした恐怖、奇妖怖とでもいうのでしょう・・・・

私がさらに部屋の中を進むと、縁側に人が歩く姿がうつりました。

尻もちをついて愕然としました。
その姿はまるで前に朋姉さんが教えてくれた首のない人のように見えたからです。

懐中電灯でそれを追っかけると物置部屋の方へまでいって消えてしまいました。

声をだしたならば助かったかもしれない、誰かが飛んできてくれて助けてくれたかもしれない。

でも誰もいないならばかえって怪奇の渦で自分が変になってしまい、あの人影にいいようにされるかもしれない。

そんなことが頭をよぎるや、体は自然と物置部屋に向かっていました。

恐る恐る進むと、いつの間にか、その部屋の前に立っていました。

さっき朋姉さんがしたのと同じように私はドアノブをまわしました。

……ガチャ……

目が見開く、手が自然と引っ込んでしまう私は、そこから先に何があるのか、見るべきだという気持ちがわいてきたのです。

だんだんと冷静になっていく自分の意識を感じました。

扉を開けておどろきました。

「晃!!!!」

晃がその部屋の中で収納ボックスにもたれかかりながらうなだれていたのです。

その姿はまるで、おばあちゃんが刀を大事に抱えて寝ていた時のような恰好でした。

彼の元へ飛び込んで私は体中を抱きしめました。

「晃、晃どうしたというの…しっかりして…」

「でも…でもよかった」

二階で見た姿とはまたく違うのです。血色もいい、そして単に寝ているか気絶しているかでした。

耳元にある彼の口や鼻から息づかいが感じられたのですから。

私は胸に何か固いものが当たるので彼を少し放しました。

見ると…「きゃーーーー!」

朋姉さんがバッタもんといって蔑んでいた例の鏡だったのです。

その鏡を晃は大事そうに抱えて気絶していたのです。

私は彼のところから飛びのいてしまい、わなわな震えていました。

さらに悲鳴とともに私は飛び上がってしまいました。

「きゃぁぁぁぁ!」

扉の隙間が大きく開く、そのすぐ後ろから「あんれま、まんずぅ、こんただどこで何してらった?」

「だども、そんだだおっがねぇかおさしでぇ、もーでもみだだが?」

しゃがみ込む私の目線と立ちすくむ目線とが平行になった時、それがおばあちゃんだったとわかりました。

わかったうえで声を荒げて泣き出してしまいまいました。

「お・・・・ばぁちゃん・・・・こわかったよ・・・・もう、や・・・・こんなのや・・・・」

「んだごな、んだごな。みりゃぁわがるだよ。こわがっだなぁ、あぁぁこわがっだだなやぁ」

きつく抱きしめてくれるおばあちゃんが温かく、そのしわしわの指の感触の温もりが本当にうれしくなったのです。

安心した私は、落ち着きながら確認しました。

「宴会は終わったの…お母さんは?みんなは?」

「おが、ばがしゃべすなぁ、なは晃とふだりだけでねぇだか」

「あばはぁあどがらぁどっとぐるっで」

??

え?私たちが二人で先にきてお父さんとお母さんが後からくるって??

その言葉を聞いた瞬間私はおばあちゃんの腕の中で気を失ってしまったのです。

この家は実はとても古い家柄で、昔は部落の中心にありました。

この国を治めていた殿様にも近い位の身分で様々なことを統括していたそうです。

豊臣家が衰退の折りに党首はすでに左遷させられ徳川の側近と呼ばれた人が統治に選ばれました。

そんな中、一人の落ち武者がこの地にたどりついて森の中でひそかに身を隠していました。

それが丁度この家の墓のあるほうでした。

昔は小さな祠があって人はめったにそこをお参りすることはなかったものですから人目につかなかったらしいのです。

しかしある時、年頃の娘がその男の姿をみて声をかけたのだそうです。

みすぼらしい姿に飢えた様子の彼に深く同情した彼女は毎日食べ物を送り、着物を届けたりしていきました。
やがて二人は恋に落ちるほどの仲になって言ったそうです。

そのころ江戸から使者が来てこの地に豊臣の落ち武者が迷い込んだとのうわさを聞きつけて調査していたのです。

とうとうこの男は見つかってしまいました。

そして統治していた殿様の命により捕獲させられることとなったのです。

が、いち早くそのことを娘が告げにくると、村人の中で彼女の行動を不審におもったものが、殿様に告げてすでに先回りをしていたあとでした。

男は逃げられないとわかり刀を抜いてしまったのです。

家来たちは彼の行動を言語道断としそのまま切り殺してしまったのです。

この話を聞いてさらに驚きました。

恋に落ちた娘とはまさにおばあちゃんのご先祖にあたる人だからです。

さすがに村人の手前、何のお咎めもないというのは示しがつきません。

かとって党首直々の昵懇でもあった家柄ゆえこの離れに家を移すことで双方の面目を建てたということだったそうです。

切り殺された落ち武者が未だに自分の頭を探して徘徊しているという話は今でも有名だそうです。

さらに驚いた事実があります。

その時、斬首にあたったのが何と私の父方のご先祖だそうなのです。

父は母と結ばれてからはとてもこの家に来るのを嫌がっていたそうです。

家の中に起こる怪奇現象はまだまだ謎めいているといいたげに、私が倒れて抱きかかえるおばあちゃんの隣で、ひっそりとたたずむ大ばあの姿がそこにはありました。