秋田県のとある山間の古民家。

「こんにちは」

「いまついたよ」

ここはおばあちゃんの家です。

私たち家族は夏休みに母がどうしてもおじいちゃんのお墓をお参りしたいというので行くことにしたのです。

父は仕事で予定が合わないので今回は最終日に迎えに行く名目で合流することにしていました。

私と弟と母の三人は先に出発だったのです。

秋田新幹線にのり在来線に乗り継ぎたどり着くこの場所。

途中は音楽を聴きながらうとうとしていたのでそんなに長くかかった記憶はなかったし退屈もしなかった。

たまにだけど、誰かが私のことを見ているような感じがあってきょろきょろしていたりしていたけどすぐにそんなばかばかしい気持ちなんか吹き飛んでしまっていた。

駅を降り立つと予約していたタクシーが待っていてくれていました。

あいにく今日はおばあちゃんの家で車を運転する人が夕方まで帰ってこないということで

交通費がかさむけどタクシーを手配していたんです。

「いやぁほんとに今年はあついね。」

標準語でお出迎えなのがちょっと残念だった。

けれど重たい荷物を一生懸命手伝って載せてくれた若目の運転手さんだから許してあげました。

無人の駅の改札を眺めていた私を母は「早く、出るわよ」とせかすので急ぎ車に乗り込みました。

駅から家までは1時間半の道のりです。

駅の周辺は山間部の村特有の大きな家が点在しています。

どれも立派ですが住んでいるのは老夫婦です。

畑仕事を済ませて休憩しているのでしょう、しょいかごを道端において手ぬぐいで顔をぬぐったり、タバコをふかしている人の前を通過していきました。

目と目が合うことはないのですが、珍しいタクシーの往来に首が自然とついていくのがわかりました。

民家も見えなくなり、逆に針葉樹が多くなる森で、カーブのきつい峠を2つも越えると眼下に小さな集落が見えてきます。

昼時だから家々から白い煙も立っているのがわかりました。

ドアのガラス越しから駅前とは違う様子の風景。

田んぼに多くの稲が穂をつけて、時にはトンボも飛んでいるのがはっきり見えました。

その時一瞬ですがウィンドウガラスの後ろに何かが覗いているような、そんな視線が見えた気がしました。

思わずはっとして、聞いていたイヤホーンを耳から引き抜き、後ろを振り向いてしましまいました。

でもそこにあったものは、旅疲れをしている弟の横顔でした。

「なぁんだ」気のせいとばかりに私はほっとして車窓を眺めました。

母が「どうしたの?」と聞いてきたので、「別に」と応えました。

「楽しそうじゃないわね?折角の夏休みあなたも受験生で息抜きと思えばいいじゃない?」

滞在日数が6日というのは少し長い気がしました。というよりも行くのに気が引けていたというほうがただしいのかもしれません。

弟はまだ小学生の中学年だから自然の中で発見したり探検したりとわくわくしているのですけど、私はもうすぐ高校生。

夏期講習の勉強もしなきゃならないし、部活の最後の参加も充実させたいし。

それは建前で、本音は友達の家で大好きなジャニーズのDVDを見まくれなくなるのが嫌だっただけなのです。

環境が異なることは刺激にも息抜きにもなるからそれはそれでいいのだけれど・・・

私にはどうしても好きになれないことがあったのです。

それは、今回体験したことでよりいっそう、そう思ってしまうことでした。

集落に入る道を一本外れて、少し奥に進みます。

左手には鐘楼が見えてくる。

斜めになったお寺の鐘が独特の色合から厳格さをかもし出しています。

高台にあたる坂道を進むこと数分。

奥まった場所にようやくおばあちゃんの家にたどり着きました。

おばあちゃんの家はその集落の中でも一際大きくて古い建物です。

何でも昔はもっと村の真ん中にあり、権威もあったとかでしたが、長い歴史の中少し奥まった場所へ立て替えたそうです。

理由はおばあちゃんもよくわからないといっていましたが、土砂災害などで村が流されたところご先祖様の考えでこの高台にと移されたとか。

その話をおばあちゃんは寂しそうな顔をしながら聞かせてくれたのを今でも覚えています。

大きな家は大家族を抱えるだけのキャパがあります。

それは、親戚の中でその兄弟に当たる3世帯が共同でも暮らせるようにと代々受け継いできた家だったそうで、建て替えてから後も常に大きさを守ってきたそうです。

丁度母親が生まれたときは3人兄弟で祖父母と祖父の弟に当たる家族が3人と、妹に当たる大おばの計9人の大家族がこの家に住んでいたそうです。

子供たちも大きくなると手狭になってきてしまう部屋は、離れを増築することで同居のわずらわしさも多少軽減し、ゆったりとすごしてきたそうです。

今はおばあちゃんと、母の兄の家族5人と、おばあちゃんの義理の妹の7人が住んでいます。

離れは古民家であっても少し今風の造り、丁度降り立った駅の周りに似た感じの家のようになっていて居心地が良いのですが、あいにくそこは兄の家族が住んでしまっています。

母屋のほうは、大おばとおばあちゃんが2人仲良く1階で暮らしていました。

私は何度かこの田舎に来たことはあったのですが、離れで従兄弟と過ごすのがとても楽しかった記憶があり、来るのが楽しくなっていたものでした。

小さかったので私だけ子供同士その離れで寝泊りしたこともあったくらい。

大きくなるにつれて離れは兄夫婦専用になり私は行っても母屋で寝ることにさせられました。

でも…どうしても、何度泊まっても、母屋が好きにはなれませんでした。

古びた感じの外観はアニメや映画とかでよく見るので違和感もなかったし、なんか興味深い感じがしました。

「おばあちゃんきたよ」って声をかけたら開け放たれた縁側の風鈴の音とともに、

「いぐきたなぁ、しばらぐ見ねぁうぢに、おがったなー」

という挨拶が顔をだす。

その言葉の隣からは「んん??どこのわらしさ、遊びにきただ?」がかぶってくる。

足腰の悪い二人がすりすりと、おかしなにじり歩きでよって来るのです。

そこまでは極ありふれた田舎のひとコマです。

玄関から母はタクシーの運転手さんが抱える荷物とともに入っていきました。

私と弟は大好きなおばあちゃんとちょっと痴呆気味な義妹さんの元へ駆け寄ってニコニコしていました。

私は笑顔を作ったまま、なるべく部屋の中を覗かないようにしていました。

なぜって?

その縁側から除く家の中、とても暗いのです。

昼間なのに電気をつけなければならないくらい暗いのです。

母も家の電気代だけは東京と変わらないといっていたほどです。

家の裏はなだらかな坂が続く丘になっていて広葉樹が多くそこから多少こぼれ日が差し込みます。

一階はだから下草も多少残るほどの土山が壁になっているから、そうした日の光をさえぎる地形で暗いのは仕方がないのだけれど・・・

朝の光が縁側を包み込む時が何故だか一番この家の中に居てほっとする瞬間でした。

家の中の配置。

主だった家のつくりは一階に10部屋あり二階に5部屋あります。

一階の外周にぐるりと一周する長い廊下があります。

スタートはおばあちゃんに挨拶した北側に位置する縁側あたりです。

そこから右に折れ一気に南側まで延びて行きます。

そのどん詰まりにトイレとお風呂があるのです。

見た感じかなり“じめ”ってしていて薄気味悪い印象です。

壁をはさんで内側に台所があります。

トイレは最近洋式に変わったそうで、それでも男子用トイレが分かれて置いてあるのです。

おばあちゃんにもう使わないのだからトイレのリフォームのとき、取り除いてしまって広くバリアフリーにすればと母もアドバイスしたそうです。

でもおばあちゃんたちは、かたくなに昔からあった物だからと拒んでいました。

そればかりでは有りません。

女性しか居ないにもかかわらず男性用の箸だの靴べらなど生活用品が置かれているのです。

埃がかぶっているわけでもなく、どことなく使っているのかと思われるような感じすらありしました。

一階の内側には10部屋がありますが、一番中央の部屋がこの家の中で最も大きく12畳の広さです。

ふすまを取り払えば西側と東側に続く隣部屋、4畳と6畳がさらにつながり、縦に長い22畳もの大広間にな早代わりです。

年に数回くらいはこの大広間で宴会をするそうですが最近ではそれも段々減ってきてしまったそうです。

確実なのはお正月だけのようです。

北の縁側から、すぐ手前の部屋、大広間につながるそれらの部屋は計4部屋あります。

そこは人がもっとも通りやすい部屋ですし、生活の導線のためにも客間としてよく使われていました。

一番明るい部屋とみんなは呼んでいました。

それでも西側の角の部屋は6畳で隅を土壁でさえぎっているため落ち着きもあり、寝泊りさせるには都合のいい部屋となっていました。

宴会で疲れた人はよくここで横になっていたのを覚えています。

まだ私はこの部屋にとまったことがないのですが、親戚のお姉さんとお兄さんが言うには、ちょっと怖い経験をしたことがあるといって脅かしていました。

母屋の暗さと、この意味深な部屋のせいで好きではないと思ってしまったのかもしれません。

南側の残り3部屋あるうち、水周りの整った台所に一番近い南東の部屋をおばあちゃん、その隣を大おばが使っていました。

南西の一番角の部屋は物置として利用していると言っていました。

そして、その部屋に入ることの出来るのは廊下側からで隣の義妹さんの部屋からも行くことは出来ませんでした。

また他の部屋は全て引き戸、障子やふすまであったのに、この部屋だけは開閉式の扉だったのです。

おかしいとは思いましたけど、物置で大事なものを入れるのはそうした部屋でなければならないということを考えれば納得も出来ました。

ただ、時々変な気配を感じることもありました。

最初はおばあちゃんが片づけをしているのか、お母さんが荷物を整理しているのかくらいに思っていました。

今回体験するまでは・・・

私たち親子は泊まるときはいつも二階です。

見晴らしがいいのと、いい風が山から下りてくるのでクーラーより、扇風機ですごせるほどの居心地のよさ。

なんといっても4部屋が全てつながっていて下同様さえぎる敷居を全て取り除けば、大部屋になるのがとても気持ちよかった。

下の大広間も良いけどいろんな親類が来たりして結局子供たち同士では遊べなし。

でも二階なら母や父が下で盛り上がってるとき、みんなでいろんなことをして遊んべました。

多少どたどたやっても頑丈なつくりで気にならないものでしたから。

残りの部屋は母がよくこもって勉強していたという部屋でちょっとした秘密基地のようでした。

今では衣裳部屋のように扱われています。

私たちが泊まるときは、私たちの荷物置き場みたいなものです。

二人の老姉妹からの手厚い歓迎を受けて、私は離れの従兄弟に挨拶をしに駆け出しました。