多分悪たれをついたり、愚痴をこぼしたり、何かにつけて文句がでると、その一言のせいで経過に変化が生まれるんじゃないかと思うようになった。これはきっと少数意見の範疇だろうから、そんなと鼻で笑ってしまう人は読まない方がいいと思う。
逆に何で何でと思うならばどうぞ付き合って見てください。
骨盤を骨折した五十代の男性がいた。もう、2ヶ月が経過し松葉杖という流れでリハビリもしていた。最初は優しい感じもし気の利かせ方が大人だなと感心したほどでした。でも、直ぐにその彼に対する良いイメージが正反対にかわってしまたんです。
他の入院患者さんに聞こえよがしに悪たれをつく人だったんです。トイレにすら行けない人が排泄を余儀なくされるとその臭いに文句がでました。すると、次日予期せぬ事がおきました。精密検査で朝御飯が出ないことでした。その男性は検査は聞いていたが朝食が無いことは聞かされてないど激怒し、コンビニで買ってくると言い張ってました。事態は責任者がきて直ぐ集束した。だが、責任者が部屋を後にするや「どうせ糞まじぃからわざわざ食わなくたっていいけどよ」と悪たれがでました。僕は今度はどんな不幸を引き連れてくるのか注意深く気にしていました。すると、数日後股関節、足の付け根がしびれて痛くなったみたいでした。ただマッサージすれば痛みも無くなると言うこともわかり、痛み止めの薬を変えてみることと、氷枕を使ってみることで経過を見ようとなりました。僕がいる部屋は彼を含め四人で共同看護を受ける大部屋で、カーテンのみの敷居しかないから声でも匂いでもって共有です。そして、その日の夕方彼の隣の人に面会者が現れました。その人の妻のようで優しい言葉をかけたり、家がどうなっているか、子供達は元気にしてるかなど小声で話していました。この場合どんなに小声であっても布一枚なので声は通ります。彼等が何故そうした態度をとっていたのか僕もよくわかったのです。あの男性を刺激したくなかったからでしょう。しかし、そんな彼らの最小限の思いやりでさえ無に変えまし。「ったく、よくくっちゃべるうるせーババアだな」
それから、3日間、彼が脚を冷やすために用意された水枕が漏れてシーツの下側がびしょびしょになる事態になってました。
勿論そのことに、いちいち看護師へ文句を付け足していたけれど彼が求め手居るであろう快適な入院生活はどの日も無かったようにみえました。他の人には前もって予定を知らされるリハビリなども、朝の9時にいきなり来いといわれて、用事も中途半端で行くなどしょっちゅうでした。
僕はざまあないなとは決して思わなかったが、せめてその悪たれを思いやりの言葉に変えればいいのにと感じました。
逆に何で何でと思うならばどうぞ付き合って見てください。
骨盤を骨折した五十代の男性がいた。もう、2ヶ月が経過し松葉杖という流れでリハビリもしていた。最初は優しい感じもし気の利かせ方が大人だなと感心したほどでした。でも、直ぐにその彼に対する良いイメージが正反対にかわってしまたんです。
他の入院患者さんに聞こえよがしに悪たれをつく人だったんです。トイレにすら行けない人が排泄を余儀なくされるとその臭いに文句がでました。すると、次日予期せぬ事がおきました。精密検査で朝御飯が出ないことでした。その男性は検査は聞いていたが朝食が無いことは聞かされてないど激怒し、コンビニで買ってくると言い張ってました。事態は責任者がきて直ぐ集束した。だが、責任者が部屋を後にするや「どうせ糞まじぃからわざわざ食わなくたっていいけどよ」と悪たれがでました。僕は今度はどんな不幸を引き連れてくるのか注意深く気にしていました。すると、数日後股関節、足の付け根がしびれて痛くなったみたいでした。ただマッサージすれば痛みも無くなると言うこともわかり、痛み止めの薬を変えてみることと、氷枕を使ってみることで経過を見ようとなりました。僕がいる部屋は彼を含め四人で共同看護を受ける大部屋で、カーテンのみの敷居しかないから声でも匂いでもって共有です。そして、その日の夕方彼の隣の人に面会者が現れました。その人の妻のようで優しい言葉をかけたり、家がどうなっているか、子供達は元気にしてるかなど小声で話していました。この場合どんなに小声であっても布一枚なので声は通ります。彼等が何故そうした態度をとっていたのか僕もよくわかったのです。あの男性を刺激したくなかったからでしょう。しかし、そんな彼らの最小限の思いやりでさえ無に変えまし。「ったく、よくくっちゃべるうるせーババアだな」
それから、3日間、彼が脚を冷やすために用意された水枕が漏れてシーツの下側がびしょびしょになる事態になってました。
勿論そのことに、いちいち看護師へ文句を付け足していたけれど彼が求め手居るであろう快適な入院生活はどの日も無かったようにみえました。他の人には前もって予定を知らされるリハビリなども、朝の9時にいきなり来いといわれて、用事も中途半端で行くなどしょっちゅうでした。
僕はざまあないなとは決して思わなかったが、せめてその悪たれを思いやりの言葉に変えればいいのにと感じました。