二十一
シュウとピーターの顔が変わったのは低い山並みがきれ視界が広がる中で、湖岸に沿って続く道の、繰り返し現れるカーブの、その最後と思われる箇所に差し掛かった時であった。
「お父さんの車だ」
ピックアップと呼ばれる車の、車高があり後ろ側に長く伸ばした荷台が僅かに錆び付き、泥などで汚れたそれは間違いなく父のものだとわかった。
車から降りたシュウはすぐに運転席を開けた。
「お父さん」
いないことは既に判ってはいた。しかし、期待を、想いを込めるしかなかったのである。
中を調べてみると鍵は不用心についたままである。そして、バッテリーのランプが点滅したままであった。
全くありえない状況に鼓動が自然と早くなった。
ピーターが「来てくれ」というとシュウは更に動揺した。
父の服は荷台の外に脱ぎ捨てられていた。靴も下着もそのままである。
荷台には予備のタンクが積まれ固定されていた。他の機材はみあたらない。
更にピーターは彼の足取りを探った。ダイビングのフィンと同じ模様を写したものが足跡となってその場から絶壁へと続いていたのである。
二人はそこへ進んだ。
足取りが慎重になるシュウは今にも泣き出したい気持ちへと変わっていった。
「とうさ~ん」
何度も何度もそう叫んだ。
そしてとうとう戦慄いた。
「ダイジョウブ、リョウハイキテイルッテ。シヌワケガナイ」ピーターはそういうのがやっとであった。
「姫様、運び屋の消息が判らなくなりました」
うなだれる頭がわずかながら動いた。
「何?役に立たない連中め」
そういうと、あの鋭目を作りすぐさま霊気を伴わせた。
「申し訳ございません。申し訳ございません」
容赦なく家来の一人に浴びせる。
「何卒お慈悲を……」
彼女の力によってまた一つこの世界から抹消させられた。
「この期をどれほど待ったことか。うぬらにはわかるまい。長期に渡る遠島、左遷は単なる追放ではない。厳重な監視すら持たぬこの地の永住は、妾の復活を阻止せんがため。どうにもならぬことを知っての処置」
「だが、あの窓の明かりを眺めるばかりの妾であっも、その羨望は消えぬ」
立ち上がって天窓に腕を伸ばした。
「わかるか、あそこを出るという意味が。この手に力がみなぎる、その喜びを得るためならばどんなことでもしようぞ」
「妾には見える。あの先にある栄光が。欲の限りを尽くす我が楽園の復興がもうすぐ。それをお前達ごときに邪魔されとうないわ」
家来の一人が足早に近づいた。
「まだ、大丈夫です。子息が傍におります」
「ほう、息子がいたか」
女は少し考えて続けた。
「それは面白い。ならば、念を使って操るのみ」
「お待ちください」
「妾に口答えをするつもりか」
「いえ、滅相もございません。ただ……」
「なんだ?いうてみよ」
「どうやら、狐がかぎまわっているといううわさを聞きました」
「出どこはどこからだ」
「はい、京のオニゴからでございます」
「あの三つの稚児の霊か。ならば確かだな」
情報に関してはかなり慎重さをみせていた。
そして、今後のことを告げた。
「そうか。だとしたら狐に餌をやらねばならぬ。我等眷属の同類であれば必ず乗ってくるであろう物をな。主を呼べ。もう帰っておるころだろう」
「ふふふ……あははっは……」
女がようやく笑った。確実な未来を予見した高らかな笑いには余程、余裕を見えていた。
橙はまた利二に断った。
「ちょっとおひまをもらおうかしら」
「どうした?」
橙の真剣な表情は彼に真意を伝わらせた。
「まさかあの男が来るのか?」
「いえ、彼が来ることは出来ないわ。それよりも恐ろしいものが」
「なんだ?」
「それを調べるために行くのよ。あなたを助けて、そして隠密まがいな生活を送って来た。いつかはこうなると予想してね。それもこれでおしまい」
「帰ってはこれぬか?」
「さあ三人目がいるからそのうち会えるわよ。そんな寂しい顔しないで、大丈夫よ。貴方に危害を加える奴が現れたら、真っ先に駆けつけてあ・げ・る」
家の戸を開けたとき利二は前に橙が作っていた奇妙なポーズをまねて胡座をかいて座った。
「死ぬ出ないぞ橙」