七
既に無線で知らせてあった。湾内は救急車が待ち構え、多くの人だかりが出来ていた。
シュウは分からなかった。甲板の上に横たわる母の体に向かい、命一杯腕を伸ばすだけであった。
アウアウといい、ママと笑顔でしゃべるその姿に、カークもピーターもただただ涙するばかりであった。ルイは鼻を赤らめて腕でぬぐいながら、船からロープを受け取った。
葬儀が済んだ後、稜は仲間に船を降りると告げた。
カークは時期が来ればまた会えると信じ、ピーター以外の仲間と共に日本を旅立っていったのである。
「だからダメだといっている。もう、苦しみたくはない」
そう父が声を荒げた。
だがピーターも負けてはいない。
「イツマデモ、ソコニコダワッテイタッテ、ナニモカワラナイ。モウ15ネンダヨ。コレジャミツコサンダッテウカバレヤシナイ」
黙々と作業を続ける父。シュウは写真を見た。優しい笑顔の母をみて、思い切って言いだしたのである。
「父さん。僕からもお願い。潜ってきて。今日学校で進路の提出がまだって催促された」
「なんだ、そんなこと。出したんじゃなかったのか?てっきり終わっていたかと」
「ううん。父さんの寂しい顔見ていたら、やっぱりこの家にいなきゃって」
父は手を止めてシュウを見つめた。
三津子の面影が残る優しい目をしていた。
「父さんがしっかり立ってくれないと、僕だって前に進めない。母さんを想う気持ちは分かるけど、残された自分の思いはどうすんの?ロマンを追いかける夢は?僕に現実以上に夢に向かえって言ってるくせに、自分は勇気がなくその場所に踏みとどまるだけだなんて……」
ピーターは意外な助っ人によって助けられた。
稜はまた目を手元に戻した。
シュウが話を続けようとした時、それをさえぎるように伝えたのである。
「わかった。今回だけだぞ。そのかわり、手当てははずんでもらう」
「オーケーオーケー!ワタシノブンヲアゲマスヨ~」
手を叩いてピーターは喜んだのである。そしてむっくりと立ち上がり、急ぎ足で外に出た。
玄関を出た彼は独り言のように英語を喋っていた。
「It is so. He promised to go into the sea again. I was surprised.」
すぐに仲間に電話をかけたと父には分かった。うっすら頬が緩んだとシュウにはみえたのである。
父は食堂を始める準備をとシュウにいった。
立て付けの悪い入り口を開け放ったシュウの目の端に、外の植木鉢近くで栄えた見覚えのある色彩が掛かった。
身構えるそれはヤマカガシであった。
「こんなところにも?」
今朝の一匹だろうか。まだ小さなそれは瞳ばかりが顔を占拠し、あの時見たと同じく、鎌首をもたげ偵察をしているようであった。
すぐに父に告げると、シャベルを持ってやってきた。
「殺すの?」
「普段は臆病な蛇だから向うから逃げるんだよ。でもそうでない時は危険だ。たとえチビでもな」
しっかりと柄を握る父の横に立ち、様子を窺った。
向うも同じ腹づもりらしい。
舌をチロチロ出している。
全く動こうとしないそれを、地面の土ごとさらったのである。
何かの置物のようにそれはシャベルの上に乗ったまま動かない。
父はゆっくり歩き、近くの用水路の上でひっくり返した。
蛇はバサリと土をまとって流れの中に落ちていった。くねくねと体を回転させて空を仰いでから、またいつもの姿勢に保ち、悠然と下っていったのである。
「珍しいよね。今朝も見たんだよ」
「そうか。まぁこんな時代だが、自然もしっかり再生しているということさ」
その夜、友達に返すゲームの最後を楽しんでいた。いつものようにベットの上でバーチャルの相手と対戦していると、一階で何かうめくような声がした。
父は最近店の客間で寝ることが多い。最後の客を追い出してから、晩酌をしてそのまま寝入ってしまうのである。
戸締りはシュウの役目で、客が帰った頃を見計らって閉めた。もう、下には父以外には居ないはずである。
寝言だろうかと思い、ゲームに集中した。
しばらくするとまた聞こえた。度重なる不審な声にシュウはゲームを強制的に終わらせて階段を下りていったのである。
「どうしたの父さん?」
シュウは父の様子を窺おうと食堂の電気を点けた。
点けるなりその場で硬直した。
テーブルが立てかけられて畳の上に引かれた座布団のその上に、膝をついた恰好で立ったまま寝ている姿があったのである
だが、顔は上を向いた状態である。誰かが彼の顔を下から支えているような姿である。もしそこに人がいるのならば、何か語りかけているような、そんな感じに見て取れたのである。「父さん!父さん!」
そういって身震いする体をよそに、敷居をまたいだ。
すると、ふわっと生温かい風がどこからか入ってくるのを感じた。そして、耳が何かを捕らえたのである。
父の言っていた笹の葉が触れあうような音。そしてその後に続く口笛のような音。それらがシュウにもはっきりと聞こえたのである。
そして父はその場に崩れて行った。 人気ブログランキングへ