既に無線で知らせてあった。湾内は救急車が待ち構え、多くの人だかりが出来ていた。

シュウは分からなかった。甲板の上に横たわる母の体に向かい、命一杯腕を伸ばすだけであった。

アウアウといい、ママと笑顔でしゃべるその姿に、カークもピーターもただただ涙するばかりであった。ルイは鼻を赤らめて腕でぬぐいながら、船からロープを受け取った。


葬儀が済んだ後、稜は仲間に船を降りると告げた。

カークは時期が来ればまた会えると信じ、ピーター以外の仲間と共に日本を旅立っていったのである。


「だからダメだといっている。もう、苦しみたくはない」

そう父が声を荒げた。

だがピーターも負けてはいない。

「イツマデモ、ソコニコダワッテイタッテ、ナニモカワラナイ。モウ15ネンダヨ。コレジャミツコサンダッテウカバレヤシナイ」

黙々と作業を続ける父。シュウは写真を見た。優しい笑顔の母をみて、思い切って言いだしたのである。

「父さん。僕からもお願い。潜ってきて。今日学校で進路の提出がまだって催促された」

「なんだ、そんなこと。出したんじゃなかったのか?てっきり終わっていたかと」

「ううん。父さんの寂しい顔見ていたら、やっぱりこの家にいなきゃって」

父は手を止めてシュウを見つめた。

三津子の面影が残る優しい目をしていた。

「父さんがしっかり立ってくれないと、僕だって前に進めない。母さんを想う気持ちは分かるけど、残された自分の思いはどうすんの?ロマンを追いかける夢は?僕に現実以上に夢に向かえって言ってるくせに、自分は勇気がなくその場所に踏みとどまるだけだなんて……」

ピーターは意外な助っ人によって助けられた。

稜はまた目を手元に戻した。

シュウが話を続けようとした時、それをさえぎるように伝えたのである。

「わかった。今回だけだぞ。そのかわり、手当てははずんでもらう」

「オーケーオーケー!ワタシノブンヲアゲマスヨ~」

手を叩いてピーターは喜んだのである。そしてむっくりと立ち上がり、急ぎ足で外に出た。

玄関を出た彼は独り言のように英語を喋っていた。

It is so. He promised to go into the sea again. I was surprised.

すぐに仲間に電話をかけたと父には分かった。うっすら頬が緩んだとシュウにはみえたのである。

父は食堂を始める準備をとシュウにいった。

立て付けの悪い入り口を開け放ったシュウの目の端に、外の植木鉢近くで栄えた見覚えのある色彩が掛かった。

身構えるそれはヤマカガシであった。

「こんなところにも?」

今朝の一匹だろうか。まだ小さなそれは瞳ばかりが顔を占拠し、あの時見たと同じく、鎌首をもたげ偵察をしているようであった。

すぐに父に告げると、シャベルを持ってやってきた。

「殺すの?」

「普段は臆病な蛇だから向うから逃げるんだよ。でもそうでない時は危険だ。たとえチビでもな」

しっかりと柄を握る父の横に立ち、様子を窺った。

向うも同じ腹づもりらしい。

舌をチロチロ出している。

全く動こうとしないそれを、地面の土ごとさらったのである。

何かの置物のようにそれはシャベルの上に乗ったまま動かない。

父はゆっくり歩き、近くの用水路の上でひっくり返した。

蛇はバサリと土をまとって流れの中に落ちていった。くねくねと体を回転させて空を仰いでから、またいつもの姿勢に保ち、悠然と下っていったのである。

「珍しいよね。今朝も見たんだよ」

「そうか。まぁこんな時代だが、自然もしっかり再生しているということさ」


その夜、友達に返すゲームの最後を楽しんでいた。いつものようにベットの上でバーチャルの相手と対戦していると、一階で何かうめくような声がした。

父は最近店の客間で寝ることが多い。最後の客を追い出してから、晩酌をしてそのまま寝入ってしまうのである。

戸締りはシュウの役目で、客が帰った頃を見計らって閉めた。もう、下には父以外には居ないはずである。

寝言だろうかと思い、ゲームに集中した。

しばらくするとまた聞こえた。度重なる不審な声にシュウはゲームを強制的に終わらせて階段を下りていったのである。

「どうしたの父さん?」

シュウは父の様子を窺おうと食堂の電気を点けた。

点けるなりその場で硬直した。

テーブルが立てかけられて畳の上に引かれた座布団のその上に、膝をついた恰好で立ったまま寝ている姿があったのである

だが、顔は上を向いた状態である。誰かが彼の顔を下から支えているような姿である。もしそこに人がいるのならば、何か語りかけているような、そんな感じに見て取れたのである。「父さん!父さん!」

そういって身震いする体をよそに、敷居をまたいだ。

すると、ふわっと生温かい風がどこからか入ってくるのを感じた。そして、耳が何かを捕らえたのである。

父の言っていた笹の葉が触れあうような音。そしてその後に続く口笛のような音。それらがシュウにもはっきりと聞こえたのである。

そして父はその場に崩れて行った。 人気ブログランキングへ にほんブログ村 小説ブログ ホラー・怪奇小説へ
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