『カブトムシ』
ようやく見つけた。会社の帰り道。
道路に無惨にも轢かれて潰されたものがあった。カブトムシかクワガタのそれである。いくつもあることから、蜜の吸える木から落ちてやられたのであろうと容易に推測できた。
案の定、クヌギの木が一本伸びていた。かなりの良樹で幹も太い。
車や人が来ないかよくよく確かめて、片足の裏を力強くぶつけてみた。
ブルースリー張りの蹴りが幹に振動を起こし広がる枝を揺さぶった。
一匹の黒いものがすぐに落とされて、落とされながらも羽音を立てつつ男の肩をかすめて飛んだ。
やはりと思い後を追いかけた。
十歩ほど追いかけるとそれは低空飛行から着地の態勢を作り羽を織り込んでしまった。
カブトムシである。
角が反り返って上を向き、頑丈でトゲが立つ足を延ばし地面に浮いている。
驚いたのか、興奮しているのかべっとりと平らにいるのではなく、浮き上がっているようである。背中の光沢は紛れもなく夏の日差しで磨かれた輝きを持っていた。
男はすぐにその体を掴んだ。
掌に刺さる爪やトゲが、忘れていた彼の持方を思い出させた。鞄から空き箱を取り出し押し込んだ。
ちょっとだけ、我が家まで拉致させてもらう。かわいそうだが、ご馳走すると勝手な言い分を持ち出して、家路を急いだ。
帰ると、家では昨日逃がしたコクワガタがまた舞い戻ってきたようで、子供達が興奮して教えてくれた。その目の耀きの前に、別のお客を差し出した。
おおきい、見たことのないおおきさ。
図鑑やテレビでしかまだ見たことのない子供等は、歓喜の声をあげていた。
そしてすぐに、蜂蜜と砂糖でこしらえたジュースをティッシュに含ませ2匹を置いた。
カブトムシは何も言わず舌をだした。器用に吸うその素振りを男も子供も見守った。下の子は自分のベロをだして真似をする。上の子は鼻の上に腕を持ってきて手を電話のジェスチャーのように作っている。角をこしらえたというのであろう。
男は彼の背中をつついてみた。もはや無意味である。自然界にはありえない豪華料理に舌鼓をうっているからである。
子供達もカブトムシも夢中だ。
男はその下で埋もれるようにご相伴に預かるコクワガタをみて笑った。
1時間もすると、子供達と一緒にそれらを逃がしてあげた。
夏の夜はこうして過ぎていくのである。
