『未完熟トマト』
男のどうしようもない悪い癖がある。
自信がなくなると、過去に戻ってしまうのだ。
急に仲間の声が聞きたくなったり、自分の携わったものを読み漁ったりと動き回る。
ダンスをしていた頃の後輩にまで連絡を取ったことさえある。名目は懐かしくって、今どうしているか知りたいという。
本音は、弱った自分をさらけ出して助けてもらおうというのか?それとも、自分よりもうまく行っていないことを期待し安心する、あるいは自分と同じように苦しんでいることで同情を求める。どちらも当てはまらない。元来意地悪なたちではないので、そうした悪意のある行動はとらない。
男にとっては単純なこと。今の自分を見たくないのである。他の人の生きている姿だけを見ていたいのである。知らない人はその歴史を追うのが面倒である。知っていても、一般的な有名人などは現実味がない。先輩や同僚はといえば、やたらとこっちが気をまわさなければならない。それでは疲れてしまう。
そこで、もっとも害のない後輩に行くというのである。なんとも頼りのない行動ではあるまいか。
後輩はその後姿をみて、先輩であれば既に完熟しているだろうという思いを持っている。しかし、みれば痛々しい、または、弱り果てた姿をしる。かつての栄光はどこへやらである。愚痴ることもなくただ、言葉の端々に現れてしまう呟きを後輩は読み取ってしまうのである。そして、そんな男の思いを打ち消すように、自分がどれほどがんばっているか語り出すのである。
男は満足がいくと連絡を切って、自分と向かい合った。常に耀いていたいと思っていた過去の自分は、毎年で良いから何か実になるものを落とし続けたいという風に変わっていった。
真っ赤になる前のトマトはまだ食べられない。食べてもうまくはない。自分は食べられるものではない。ならば、次の実を育ててくれる種を残そうと。
不器用でもいいからこの種は変わったものを見せてくれそうだぞと思えるような、そんな期待を抱かせるような。
いよいよ、新作がスタートしそうである。男の心を駆り立てる何かが沸々と湧き上がり、作品をこしらえるだけの理由を十分に用意した。もう始まっているのである。
