小説そのうちでます-P


『落花生』


この年になるまで良く食べた物がある。

それは三食の合間につまむものだ。

やめられないつまみ、その間食を愛した原因はピーナッツであった。


柿ピーにはじまり、殻つきの落花生、そして時々紅色の内皮だけで覆われたそれ。

面倒になると一粒一粒になったものをほうばる。口いっぱい膨らます姿はリスのようである。こんなことが出来るのは大人になって自分で稼ぎはじめてからであった。

それまでは、父親が友人を招いて宴会を開いた、その残り物を片付ける母の目を盗んで、丁寧にピーナッツだけを拾い集めたり、買い物かごの下側奥底にこっそりと沈ませて買ってもらったものを仕方ないという表情で奪い取ったりしてやっと食べられたのである。


お小遣いが増えた頃は殻付を大事に食べた。

夜に英語辞書を引きながら意味不明な日本語訳を付け加えて宿題と格闘した時に活躍した。

かっかする頭は、その回転がおぼつかないからで、辞書に載る不可解で日常離れした日本語をいかにそれっぽい現実語にするか思案に暮れた結果である。

限界という時の冷却剤がピーナッツであった。

殻を割る作業。中身を掌に乗せる作業。一つを親指と人差し指ではさみ、残りを掌の内側に忍ばせる作業。はさんだそれをクルクルとすべらせ皮をはぐ作業。紅のそれを食べないように、薄黄色の粒を口に放り込む作業。

連続して行われる動作がずれるとそれだけでいらいらとし、冷却するはずが余計にヒートアップする。


男は長年、その動作の失敗を繰り返して余程うまくなった。

口の中で繰り広げられる独特の噛み応えと、その後に広がる甘みと風味だけを十分に味わうようになった。ピーナッツの感触だけに集中するのだ。


気がつくと一袋が残骸の山に変わっていた。人差し指でまだ口に運ばれずに取り残されていないか丹念にさぐる。時々不恰好な奴や、薄皮がしおれすぎて、ピーナッツ自体も細く痩せているのを見つける。味は良くないがそのまま放り込む。



今は脂肪が多いことが男を苦しめたと反省し、余程のことがないかぎり食べるのを控えた。

食べ始めた頃頭蓋骨と頭皮の間にそれこそピーナッツぐらいのしこりが現れ、やがて成人し25をすぎるころとても大きくなった。指で押すとグニグニとグミのように動くしこり。電車の窓に寄りかかって寝ていたときはそれが引っかかって寸での位置でバランスよく顔が止まるほどであった。

痛いわけでも不快なかんじでもないそれは、ピーナッツがもたらした愛しき相棒なのである。


男はそう自分に言い聞かせている。