麗夢の愛車と奇跡的に残った畝傍事務所の車二台に分乗した一行は、五分ばかりを走ってとある広場に足を降ろした。
「此処は?」
 榊が見たところ、立て込んだ住宅街の一角にある、100m四方程の野原だ。道路を挟んで北側には広い池があり、静かな水面に折からの満月が姿を映している。だが、とてもかつての都が置かれていたとは思えない、住宅の建て込んだ狭い土地である。
「此処は藤原京の中心、宮殿があった場所よ。天皇の住まいや政務を行った宮だけで一キロ四方、藤原京全体では、東西五・三キロ、南北四・八キロに及ぶ、平城京、平安京よりも大きな都だったと言われているわ」
 加茂野はすっと手を伸ばし、周囲に黒くわだかまって見える三つの山を次々に指さした。
「北のきれいな円錐形に見えるのが耳成山、西南に見えるのが畝傍山、反対側の引く井岡みたいな山が天香具山、万葉集にも歌われる大和三山があれよ。藤原京は、あの山々も都の内にすっぽり納めていたと言うことになるわね」
「あの山を都の中に?」
 榊はさすがに目を見張って、周囲の山を見た。どれも山としては大した大きさのものではない。一番背の高い畝傍山で高さ198.8m、天香具山152m、耳成山139.6m。山と言うよりは、平地に巨人の子供が砂山遊びをしたような、こじんまりとした塊である。一番近い天香具山の山頂がここから直線距離で1.1キロ、耳成山1.3キロ、一番遠い畝傍山でも2.3キロしか離れていない。それだけに、小さい山と言ってもそれなりの存在感がある。
「で、此処で何をするの」
 一通り周辺の説明をした加茂野は、麗夢に言った。
「まず松尾さんもどきの目的ですが、かつて、我々の先祖が葛城山脈に封印した最強の太古の悪霊を復活させ、使役することにあります。そのための鍵が、周辺の天皇陵に封じられていた、と言うわけ」
「何なんです、葛城山脈の悪霊とは一体?」
 榊の質問に、麗夢は言った。
「恐らく出てくるのは、あの葛城山脈と同じ大きさの怪物よ、榊警部」
「あの山脈って、あれですか?」
 榊は思わず声を上げて、遠く十数キロ西に聳える山並みを指さした。自身麗夢と一緒にその一角を潜り抜けてきてもいる。いくら怪物が大きいと言って、そんな大きな怪物など聞いたことがない。
「伝説では、初代天皇である神倭磐余彦尊(かみやまといわれひこのみこと)が、葛城に盤踞する土蜘蛛と呼ばれたまつろわぬ者共を葛の網で一網打尽に討ち取り、その身を三つに割って葛城山脈に葬ったとあります。役小角の伝承にも、その神通力でこの山の神を封じたと言うわ。もちろんその話全てが本当のこととは言えないけれど、何らかの過去の記憶がこの話に反映していると思って間違いない。松尾博士の調査でも、それを裏付けられるデータが上がっているし、それを考えれば、あながちあり得ない話ではないわ」
 加茂野の補足説明で、榊の頭に、あの微動だにするはずがない山々が突然動き出し、天を突く巨人となって暴れ出す光景が描かれた。およそ現実離れなマンガじみたものとしか思えない。
「一体いつそれが出て来るんです、麗夢さん」
「松尾さんもどきはその鍵を全部手に入れたから、さっそく復活の儀式に取りかかっているはず。恐らく深夜二時頃、闇の力が最もその力を発揮する丑三つ時にあわせて復活させる積もりでしょう。後……二時間ね」」
「それなら、いっそ先制攻撃して、その、松尾もどきを押さえたらどうなんだ?」
 一旦時計に目をやった加茂野は、再び顔を上げて榊に言った。
「もう遅いわ。今の我々では、あの化け物を押さえる事なんて出来ない」
 加茂野の厳しく引き締まった顔が、榊には僅かにゆがんで見えた。その松尾を押さえようとして散っていった部下達の事を思い出したのかも知れない。