「これが、ルミノタイトです。その特質は今見ていただいたとおり。これは、人の精神エネルギーによって抵抗値を変え、ついには常温のままで超伝導状態に変化する物質なんです。すごいでしょう?」
鬼童は上気して一同を見回したが、麗夢をはじめ、皆の目があまり合点の行かない色を呈しているのを見て、改めて説明の必要を覚えた。
「皆さんもう一つ理解されてないようですね・・・。じゃあ、榊警部、超伝導ってご存じですか?」
突然名指しされた榊は、一瞬の戸惑いの後、自然に上がった手が頭をかき出すのと同時に、詳しくは知らない事を白状した。
「何せ理数系はからきしダメでね。一つ、判りやすく説明してくれ」
「私も数式はダメよ」
麗夢も横あいから牽制を加えた。鬼童は機先を制されてやや困った顔を二人に見せたが、やがて思いついたようにまず言った。
「そうですか、じゃあ麗夢さん、電流って、何が流れているかご存じですか?」
「電気じゃないの?」
「ええ、まあ電気には違いないんですが、原子を構成するものに原子核と電子があるのはご存じですね。電流とは、この電子の流れなんです。じゃあ、電気抵抗はご存じですか?」
「電気抵抗って、電気ストーブがあったかくなるあれね」
「そうです。電気抵抗というのはようするに電子の流れにくさです。流れにくいほど電子はそこを通るのに余分なエネルギーを必要とします。電気ストーブのニクロム線が熱を持つのも、そんな余分な電気エネルギーが熱エネルギーに変化するからです。この電気抵抗は、この世にある全ての物質に大なり小なりおしなべて存在します。ところが、物質によっては、ある温度まで十分に冷やしてやると、抵抗がなくなる物があります。これが超伝導物質です。超伝導状態になった物質は、磁力線を通さないと言う性質があり、超伝導状態の物質をある一定の磁場に置くと、その磁力に反発します。今皆さんの目の前で浮いたこの石は、円光さんの精神エネルギーで超伝導状態になったため、電磁石の磁場に反発して浮いたわけです。これをマイスナー効果といい、超伝導状態をデモンストレーションするのによく使われる、物理現象なんです」
「そういえばいつだったかテレビで見た事があるわ」
鬼童は麗夢の反応に安堵の溜息を小さくもらすと、既に情報を持て余し気味の榊をちらと一瞥して話を続けた。
「丁度麗夢さんがテレビで見ていた頃、ぼくは米国で研究に明け暮れてました。ルミ子はその時同じ研究所にいて、高温超伝導体の研究をしていた物理学者なんです。時に、一九八六年、臨界絶対温度三〇度、すなわち摂氏マイナス二四三度で超伝導状態に突入する物質が発見されて以来、世界を上げて高温超伝導体の開発競争が繰り広げられていました。そんなある時、偶然ルミ子の実験を手伝っていたぼくの目の前で、ルミ子はふとした事から常温域、すなわち摂氏二〇度付近という超々高温で、近くにいる人間の精神状態に応じて抵抗値を激しく変える物質を発見したのです」
「それが、ルミノタイトね」
「正確には、ルミノタイト・アルファです」
「ミャア?」
自分が呼ばれたのかと小首を傾げた子猫の頭をなでながら、鬼童はその先を続けた。
「その後、いくつかの構成分子をいじりながら、同じように精神反応性に富むベータ、ガンマを作りました。そのうちにぼくはヴィクターの人造人間に関する基礎研究にのめり込んでしまって桜乃宮とは袂を分かつ事になり、この記念すべきルミノタイト第一号が僕の手に残った、というわけです」
「で、その実験とさっき言った証明試験とやらは、どうつながるんだね」
一息付いた鬼童は、榊の問いに労を惜しまず説明を続ける事にした。
「簡単に言いますと、この世界には、力の形態が四つあります。引力、電磁力、弱い相互作用、強い相互作用、この四つです。一部で更に第五の力、斥力を発見しようと言う研究も行われていますが、未だ証明に成功していません。そこでこの四つの力が宇宙創世とともに今日に至るまで、あらゆる現象を支配している基本法則という訳なのですが、ルミ子は、第五の力として精神力を定義し、この物理法則と全く矛盾しないものとして位置づけたというのです」
「それが、そんなに大変な事なのかね」
榊にはもう一つ鬼童の熱意が伝わらない。内容を理解できないのが一番の原因だったが、鬼童にしてみれば高温から低温に流れるという熱力学第二法則に従わない榊の反応の鈍さにいらだちが募るばかりである。鬼童は、少しばかり声を荒げて榊にもこの熱を伝えようと躍起になった。
「いいですか榊警部、精神エネルギーを語る場合も、必ずこれまでの物理法則に矛盾しないエネルギーである事を、説明できる論理的整合性が必要なんです。それが今まで出来なかったから、つまらない心霊怪奇特集がマスコミを賑わしたり、超能力が見せ物にされたりしてきたんです。でも、頑迷な研究者のように頭からその存在を否定するのならともかく、私のような存在を信じる少数派にとっては、この物理の基本法則と精神エネルギーの関係を正確に解き明かす事は悲願とも言える事なんです。ルミ子は、ルミノタイトという精神エネルギーを物理現象として観測できる物質を使って、その証明に成功した、と言ってるんですよ」
「ふうん。しかし君の専門は確か心理学だったな。どうしてそんなに物理学なんてものに詳しいんだ?」
「今は、学問の最先端と言う奴は、互いに重なり合っているものなんですよ。まあとにかく、桜乃宮の言う事が正しいなら、漸く精神の世界も物理的に解き明かせる日が来るんですよ・・・」
果たして麗夢、榊、そして円光が鬼童の語る話を理解し得たかどうかは怪しいと言うしかない。榊などすっかり毒気を抜かれて肝心の桜乃宮ルミ子との関係追求すら忘れて帰途についた位だったが、三人の胸中には、どうも何か一つ、途方もなく大事な事を忘れてしまったようなもどかしさが残っていた。だが、彼等がその事について思い出すには、もう少し落ちついて考える時間が必要であった。