今年は、初詣に行けなかったので!

今日、行きましたニコニコ



いつもお参りする宮地獄神社。

母の故郷の近くですパー


なんと、タイミングのいいことに今日は『節分祭』



厄年も終わり、今年はいいことがたくさんありそうな予感。

あガーン来年からまた厄年なんだった(笑)






福が皆さんにもたくさん訪れますように!!
昨日、久しぶりにスクールカウンセリングを受けた。

先生に聞くと、ちょうど1年ぶりだという。。。


この1年で自分はどうかわったのかな?



1年も経っていたことに驚き、どんな話をしたのか聞いてみた。
ちょうど、1年前、実習で患者さんに拒否され、先生に追い詰められ
すごく苦しかったことを思い出した。

やっぱり、あのことがあったから、今の私がいる。


私は、乗り越えられたみたい。そして、いい方向に向かっている。



最近は、調子がいいことを話した。

こないだの助産学校の面接のことを話すと、爆笑。


緊張している中でも、冷静にまわりの状況をみている自分にも
ビックリしたけど、意外と、本番に強い私なのかもしれない。


いろんなことを客観的にみれるようになったことは成長だと思う。
まだまだだけどね・・・。


落ち込んでもいいんだって。その時はその気持ちにどっぷり浸かって、
そして、立ち直ればいい。そう。それでいい。大丈夫。



いろんなことを、肯定的に捉えて・・・
そのことに、意味をつけていく・・・ 出会った意味、その出来事が起こった意味。

あの時はそうすることしかできなかった・・・と、認めていく。



私の中のキーワード:認める


嫌なことも、良いことも、認める。
自分を認めることができれば、人のことも認めることができる。


ゆるせない自分をゆるす。認める。人のこともゆるせるようになる。



勉強の合間の、カウンセリング。ほんとに、有意義だった。

人と話すっていい。自分の想いを吐き出すだけでも、心が軽くなる。
そして、それを認めてくれるカウンセラー。。。すごい仕事です。


カウンセラーの先生、ありがとうございました!!




「ぶどう園の労働者」のたとえ
マタイによる福音書  20章1節~16節



「天の国は次のようにたとえられる。ある家の主人が、ぶどう園で働く労働者を雇うために、夜明けに出かけて行った。

主人は、一日につき一デナリオンの約束で、労働者をぶどう園に送った。

また、九時ごろ行ってみると、何もしないで広場に立っている人々がいたので、

『あなたたちもぶどう園に行きなさい。ふさわしい賃金を払ってやろう』と言った。

それで、その人たちは出かけて行った。主人は、十二時ごろと三時ごろにまた出て行き、同じようにした。

五時ごろにも行ってみると、ほかの人々が立っていたので、『なぜ、何もしないで一日中ここに立っているのか』と尋ねると、

彼らは、『だれも雇ってくれないのです』と言った。主人は彼らに、『あなたたちもぶどう園に行きなさい』と言った。

夕方になって、ぶどう園の主人は監督に、『労働者たちを呼んで、最後に来た者から始めて、最初に来た者まで順に賃金を払ってやりなさい』と言った。

そこで、五時ごろに雇われた人たちが来て、一デナリオンずつ受け取った。

最初に雇われた人たちが来て、もっと多くもらえるだろうと思っていた。しかし、彼らも一デナリオンずつであった。

それで、受け取ると、主人に不平を言った。

『最後に来たこの連中は、一時間しか働きませんでした。まる一日、暑い中を辛抱して働いたわたしたちと、この連中とを同じ扱いにするとは。』

主人はその一人に答えた。『友よ、あなたに不当なことはしていない。あなたはわたしと一デナリオンの約束をしたではないか。

自分の分を受け取って帰りなさい。わたしはこの最後の者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ。

自分のものを自分のしたいようにしては、いけないか。それとも、わたしの気前のよさをねたむのか。』

このように、後にいる者が先になり、先にいる者が後になる。」





3年前に、半年間くらい聖書の勉強をしたときに、
とっても心に残ったお話です。
これって、いろんな解釈ができます。。。


何かあったときに、この話を思い出します。
みなさんは、どんな解釈をされますか。





朝から、働くことができた。
その働く時間を与えてくれたことに感謝。
人と比べたら、不幸だなぁって感じます。