そんな風に学校生活をおくっていたのだが、こんなどうしようもない僕でも唯一「得意なこと」に出会う日がやって来る。
学校の音楽の授業でオカリナをやることがあり僕は他の生徒より呑み込みが早く、うまく吹くことができた。
音楽の授業の中でオカリナの課題曲が生徒に与えられ、この曲を練習して一週間後にみんなの前で一人ずつ発表するというがテストが行われた。
僕は人前で自分のことを話すのは苦手だが今回は課題曲を吹けばいいだけだし与えられた曲も僕にとってはそんなに難しくない曲だった。
課題曲発表の日、みんななれないオカリナに苦戦しながら吹いている。
僕は前のようなことが起きないように順番が来たらなるべく早く自分の番を終わらそうと考えていた。
自分の番が来て、みんなの前に立つとやはり緊張する。
僕は誰かと目が合わないように少し下を向いて頭の中で「早く終わらそう」とそれだけをずっと考えてオカリナを吹いていた。
演奏が最後まで行った時に自分の目の前で大きな拍手が起きて僕はその音にびっくりした。
顔を上げて前を見てみるとみんなが驚いた顔をして所々で「おおー」や「すげぇ」などと言っていたりする。
どうやら早く終わらそうと思うばかり僕の演奏はとても速くなってしまっていたみたいでその速いスピードで一か所も間違わずに吹き終えたのでそれでみんな驚いているようだった。
その授業の終わり、なんとクラスのみんなが僕に話しかけてきたのだ。
皆は僕に「どうやったらあんなに早く吹けるの!?」「コツとかあるの??」などと目をキラキラさせながら僕を見て言ってくる。
僕はそんなキラキラした目と目を合わせられず少しおどおどしながら「わかんないけど…なんか少し力抜いてやったら…なんかふけた…」とたどたどしく返した。
そうするとみんなは「そうなんだ!」「すごい!」と言ってくれてたくさん僕に話しかけてくれた。
メカレンジャーのストラップ作戦の時はだめだったあの岡崎君もぼくにはなしかけてくれるようになったのだ。
大したとりえもなく周りの人より秀でる特技を持っていなかった僕はこれまでこんなにも褒められたりすごいと思われることはなかったので僕はとてもうれしくて「僕には得意なことなんて何一つなくて普通の人より劣った人間だと思っていたけど、こんな才能があったんだ!」と思った。
僕は学校から家に帰って、背中を丸めソファーに座っている父にオカリナの話をした。
だが父は「オカリナはいいが勉強はちゃんとしているのか?こないだの小テストも低かったじゃないか。ちゃんと勉強しないと将来ろくな大人になれないぞ。頼むから父さんをあまり困らせないでくれよ。」と、いつもの疲れたといった表情で言われた。
父は僕のオカリナの音すら聴いてくれなかった。
僕が生まれてから二年たったくらいの時に母は交通事故で亡くなったらしい。
今思えば僕を育てることに父は必死だったのだろう。
父はいつも家に帰ってきてはソファーに倒れこむような勢いで座り深くため息をついていた。
男手一つで僕を育てなければならない状況に追いやられ仕事も家事も子育てもすべて父はやっていた。
僕は運動も勉強も不得意であったため父は心配し、オカリナに興じる僕にそういう風に言ったのだろう。子供が憎い親などなかなかいるものではない。
音楽の授業でオカリナをやる期間が終わり、次は歌の授業になった。
そうなるとみんなは僕にあまり興味がなくなり前と同じような生活に戻ってしまった。
頭の良くなかった僕は「オカリナが少しうまく吹けたからって何の意味もない。サッカーがうまかったり、走るのが早かったり、勉強ができるほうがよっぽどカッコいいし価値があるし素敵なことなんだ。僕の才能は素敵じゃないんだ」と思った。
僕はオカリナなんかに自分の才能を見出してしまったことや、あろうことかオカリナが人より少しうまいことに多少誇りのようなものを抱いてしまったことを恥ずかしいと思うようになった。
これが第一回目の僕が音楽を好きじゃなくなった出来事である。
こう思うようになり僕は前のようにオカリナを見るといやな気持になるようになった。
こういう時にどうすればいいか僕は知っている、あの誰も来ない小さな山に行って捨てるのだ。
僕は学校から帰ってすぐにオカリナをもって自転車で山に向かい、そこから前にいった場所まで自転車を降りて歩いて行った。
ここに来るのは二回目だ。
僕はオカリナを前と同じように自分がもう取りには行けないであろう木々が生い茂ったほうに向かって投げようとした瞬間その方向からガサガサと何かいる気配がした。
僕は何かいると思いびっくりして怖くもなったが、それよりも何よりも人がいない場所でオカリナをもってこんな場所に一人でいるところを誰かに見られたら変な奴だと思われてしまいまずいなと思い焦った。
僕はオカリナを持っている手を後ろにやって体に隠し、気配のある方向に「誰ですか?」と言ってみた。
しかし返事は帰ってこない。
僕は返事がないということはきっと人間ではなく猫か犬のような動物がいるのだろうと少しだけほっとした。
その推理は結果から言うと半分あっていて半分は間違っていた。
僕がもう一度オカリナを遠くへ投げようとしたその時、その生物は僕の前に姿を現した。
「おいらおいらーーー!!!」
その生き物は僕がこれまで、学校の遠足で行った動物園でも図書室で読んだ図鑑でも見たことのない姿をしていた。
人間の姿をしていて二足歩行していて僕とだいたい同じくらいの身長だが、全身ピンク色で腰回りにはスカートのようなものがついているのでこいつは人間ではないなと思った。
得体のしれない生物ですごく驚きはしたが、僕は不思議と恐怖心はそこまで抱かなかった。
今思うとそんな風に感じたのはこいつの持っている特殊能力か何かなのかもしれない。
「…!」
僕は最初驚いて声が出なかった。
その生き物は僕のほうをじっと見ている、そして僕が持っているオカリナに気づいた。
「おいらおいら!おいらおいら!」
僕のオカリナを指さして何やら騒いでいる。
「これ…?」
と僕はオカリナをそっとその生物に渡そうとしてみた。
最初その生物は警戒してふてぶてしい顔で睨みつけてきたが僕が危害を加える気がないのがわかるとオカリナを僕の手から奪い取って行った。
しかし持って行ったのはいいものの、使い方がわからないらしく少しオカリナを色んな角度から見た後その生物はまたふてぶてしい顔で僕をなぜか睨みつけてきた。
「ああ、これはこうやって使うんだよ」
と言って僕はその生物からオカリナを受け取り少しだけ吹いてやった。
するとさっきまでふてぶてしい顔をしていたその生物はとても喜んだ様子で見たこともない動きのダンスを踊り始めた。
「ははっ」
僕はなんだか気づいたら笑っていた。
それが僕とおいらおいらとの出会いだった。
僕はこの生物を鳴き声からおいらおいらと名付けた。
おいらおいらは触れ合っていくうちに徐々に人間の言葉も覚えていった。
その後僕はおいらおいらと友達になって一緒に遊んだりして日々を過ごし別れる時が来てしまうのだがこれはまた別のお話………※