児童虐待防止シンポジウムで、まず一人目の講師、石田氏の話。
 
虐待は昔からあった、という話からスタートしました。
こどもが大勢で食べていけないということで間引きしたのも、虐待のひとつだそうです。
「こけし」って、「子消し」なんだそうです。
だからみんな子供の顔してるのだそうです。
 
 
ある日、児童相談所に子供を連れた人が来て、
「トイレに行くからこの子を見ててくれないか、と言われて預かったけど、それきり母親が戻ってこなくて、不審に思って見てみたらこんな手紙(名前は○○です。よろしくお願いします。的なことが書かれたやつ)があったんです」
と言われ、
「ありがとうございます」
と預かったそうです。
でも、実際は連れてきた人がその子の母親だったらしく、数ヶ月後にまた連れ戻しに来たそうです。
この経験から、石田氏は、
「どうしても育てられない、というタイミングで預かって、また大丈夫な状況になったら母親に返す、というのが、虐待防止になるのではないか」
と思ったそうです。
 
よくあるパターンで、母親の連れ子に内縁の夫が暴力を振るう、という状態の人がいました。
母親が「私がやったんです」と、内縁の夫をかばおうとしたのを見て、これは虐待を防げないと判断し、
「あなたはお子さんを守れていないから」
と、一時預かったそうです。
それはやりすぎだ、という声もあったそうですが…本当にその判断は難しいだろうなぁと思いました。
 
それから、トラウマの話。
先の地震で、子供たちも心に傷を負いました。
子供たちはどうするかというと、誰かが箱に入ってそれを揺らしたりして、地震ごっこをするのだそうです。
遊びにすることによって、心の傷を癒すのだそうです。
それでも、癒えない子が10~15人に1人ぐらいの割合でいて、治療が必要になるそうです。
それに対して、虐待で心の傷を負った子は、8割がた治療が必要になるそうです。
(聞いていて、私は10割じゃないんだ!とそっちに驚きましたが…)
 
それから、虐待する親も悩んでいるという話。
その講師が担当していた地域で、未婚の母がいて、貧困に苦しんでいたそうです。
話を聞いたり、粉ミルクやオムツの試供品をあげたりして支援をしていました。
その人が、ある日「やっぱりやっていけないので、実家に帰ります。実家だったら、食べるのも困らないし」と、実家へ帰ったそうです。
実家のある地域へ「こういう人が引っ越すから、支援お願いします」ということを伝えたそうです。
でも、それから後、その子は餓死してしまいました。
新聞で名前を見た時、愕然としたそうです。
その母親は本当に子供を大切にしていたし、虐待するようには見えなかった、と。
 
それらのことから、その講師が強調していたことは、
「虐待は防げる」
ということです。
いくつもの危険要因が重なって起こる人為的なものだから、どこかで防ぐことができる、と言っていました。
監視の目ではなく支援の目で、ネットワークを作っていく、制度の隙間をなくしていくべきだ、ということです。
 
 
私は話を聞いて、今までけっこう短絡的に考えていたなぁと思いました。
新聞などに書いてある理由でも、子供が泣くのがうるさくて殴った、というのをそのまま受け止めていました。
「この人も大変だろうけど、殴ることないじゃん」と思ってました。
でも、実際には、いくつもの理由があって、殴ってしまうほど追い詰められていた、ということなんです。
泣き声が耳についてイライラするのは、もしかしたらマンションで隣の人から「うるさい」と言われたからかもしれないし、他の人に「あんなに泣かせて…」と言われたからかもしれない。
いや、泣いて泣いてあやしても泣いて…って時にイライラするのは当たり前だと思います。
私もめっちゃイライラします。
てめーこのやろー!と思います。
が、殴ってしまう程ってことは、他にも原因があるってことです。
監視の目ではなく、支援の目…なるほどなぁと思いました。