「ねえ、いりえくん?・・・私この1ヶ月ホントに辛かったんだよ・・・」


-ん?・・・


それは、1か月間我が家で同居していた理加が自宅へ帰って行った日の夜のこと。
風呂を終えて部屋に入ろうとした瞬間、ふと聞こえてきた琴子の声にオレはドアの内側で立ち止まった。

どうやら琴子は、ぬいぐるみのオレ(?)に話しかけているらしい・・・


「理加ちゃんったら来た時から嫌味っぽかったし・・・」


-うーん、それは家の血統だな・・・


「入江君を返してって言われるし・・・も、もちろんそんなこと絶対に出来るわけないけど、理加ちゃんは頭も良いし綺麗だしお料理も上手いし私の出来ないこと何でもできるから、もしかしたらホントに入江君を取り返されちゃうんじゃないかってすごく怖かった・・・」


―まあ、どう転んだってお前が理加にかなうわけないさ。


「それに、私ったら理加ちゃんに怪我させちゃうし・・・あっ、でもあれは理加ちゃんが私と入江君の写真を地面に投げつけたからなんだけどぉ。もうあれで完全に入江君に嫌われたと思っちゃったしね・・・あの時の入江君、すごく怒ってたから」


-ああ、あの酔っぱらって帰ってきた日のことか・・・


「でも、だからすごく嬉しかった~入江君がオレはお前を選んだんだって言ってくれて。それにあんなところで熱い・・・うふふ。もう、ドキドキしちゃったけどホント幸せだったなあ・・・」


大方、あのガレージでのキスシーンを思い浮かべているのだろう。
オレは、思わず立ち止まってしまったことを後悔した。
これでは完全に盗み聞きだ・・・オレは意を決すると勢いをつけて部屋の中に入って行った。
琴子は、部屋の入口に背中を向けるようにベッドに横になって、思った通りぬいぐるみのオレ
と見つめ合っていた。
ぬいぐるみのオレとのおしゃべりに夢中な琴子は、本当のオレが戻って来たことに気づきも
しない・・・


「ねえ、いりえくん?・・・もしかして私が理加ちゃんにいじめられてたこと知ってたの?」


オレは、思い切ってその問いかけに答えた。
「へえ・・・」


「えっ?・・・ええ~~!」
ぬいぐるみのオレを放り投げて、勢いよく起き上がった琴子は大きく目を見開いてオレを見
上げた。


「お前、理加にいじめられてたのか?・・・」
オレは、驚いて声も出せずにいる琴子に追い打ちをかけるように聞き返した。


「そ、そんなことないよ・・・それより、入江君!い、いつからそこにいたの?・・・私の話し聞いてた?」
しどろもどろの琴子に思わず笑いが込み上げる・・・


「さあな・・・」
オレは、布団をめくって琴子の隣に潜り込むと、不審げに見つめる琴子を一瞥してからすぐ
に目を閉じた。


「ねえ、入江君ってば~ホントは聞いてたんでしょ?・・・ねえってば!」
オレの肩を揺すって琴子が食い下がる・・・


「うるせえなあ。オレはもう寝るんだよ!・・・それともオレに聞かれたかった話しでもしてたのか?それならもう一度話してみろよ。聞いてやるから・・・」


「そ、それは、そういうわけじゃないけど・・・」
これで、琴子はぐうの音も出せず黙り込んだ。


オレは、笑いを堪えながらなんとか「おやすみ」とひと言だけ言って、琴子に背中を向けた。



----------------------------------



琴子が理加にいじめられていたことを知っていたかと聞かれて、まったく知らなかったと言えば嘘になる・・・


確かに、理加が我が家に来た頃は、学校の成績も良く何をやらせてもそつなくこなす理加に琴子が勝手にライバル心を燃やして張り合っているだけだと思っていた。
何よりも、理加は身内だという気安さから、オレ自身の理加を見る目にフィルターがかかって
いたことは否めない。


しかし、いつでも琴子に対してやけに挑発的な理加の態度と、それにまたムキになって応戦する琴子。
日々エスカレートしていく小競り合いに、何か違和感があったのも事実だった。


そして、やはりこれは少しおかしいと最初に思ったのが、琴子に突き飛ばされて怪我をした理加を家に連れ帰った時・・・


あの日、琴子が理加を突き飛ばす瞬間だけを見たオレは、有無も言わさず琴子を怒鳴りつけてしまった。
あの時は、理加は叔父叔母夫妻からの預かりものだという意識もあって、琴子が理加に
怪我をさせたことで頭にかっと血が上ってしまっていた。
それでも、理加の足を手当てしてやりながら冷静になってみれば、それがありえないことだ
とすぐに気が付いた。


-そうさ・・・琴子が理由もなく他人に暴力を振るうなどということは絶対にありえない!


そして、理加はといえば何があったのかと聞いても、話をはぐらかして別の話題にすり替えてしまう始末。
そのこと自体が後ろめたさの裏返しだと気づかない理加ではないはずなのに・・・


それでもオレは、まだ楽観していた・・・琴子が帰ってきたら話を聞けばいいと。


しかし、その夜遅く琴子は泥酔して帰ってきた。
話しを聞くどころかオレに怯えて桔梗の背中から降りようとしない琴子を、無理やり引きはが
して抱き上げた時、抵抗する言葉とは裏腹にオレの首にしっかりと巻きついた腕。
泣きはらした顔。
そして、呪文のように繰り返される文句・・・


「入江君は私より、私なんかより・・・理加ちゃんが・・・理加ちゃんが・・・」


その日一日をどれ程の不安と後悔の中で過ごしていたのだろうと、呆れるのを通り越して切ない気持ちが込み上げた。
そして、騒ぎを聞きつけて琴子の様子を聞く理加に、琴子に怪我させられたことを詫びた時、
理加が返してきた言葉にぼんやりと核心が見えた気がした。


「直樹に謝ってもらいたくない・・・」
不満げにそう言った理加の言葉には明らかに琴子への敵対心が感じられた。


そして、その時にオレははっきりと悟っていた・・・むしろ、理加の方が琴子を敵視していたのではないかと。
だからオレは理加にくぎを刺した。


「お前さ、あんまりこいつのこと挑発すんなよ・・・」


しかし、結果的にオレのその言葉が、理加を追いつめたのだろう。
あの直後・・・家族そろってバーベキューをしたあの日に2人は衝突した。


理加が、アメリカに発つ前からオレに抱いていたという恋心を否定しようとは思わない。
それでも、その想いをオレが受け止めることは決してない。
オレにとっての理加は、あくまでも従妹であって、それ以上でもそれ以下でもない存在なのだか
ら。
だから、理加がどれ程オレを返せと琴子に詰め寄ったとしても、それは無駄な努力だとしか言
ようがない。


もし、誰かと琴子を比べて、どちらを選ぶのかと問われるなら、それが誰であろうと迷うことなく選ぶのは琴子。


「理加よりも好き?・・・」
「ああ、理加よりも。」


たとえ、子供の頃から可愛がってきた従妹の想いをどれ程踏みにじることになったとしても、怯むことなく伝えなければならない言葉だった。
そうあの時、家を飛び出して、おそらくオレとの別れすら予感しながら、それでもあきらめきれ
ずに泣いているだろう琴子のためにも。


「理加ちゃんには”好き”の長さでは負けるかもしれないけど、私の”好き”の重さにはかなわないわよ!」
あの時、琴子が理加に言い放った言葉が蘇る・・・


―あれは、名言だったな・・・



----------------------------------



「ねえ、入江君?ホントに寝ちゃったの?・・・」
物思いに耽っていた思考の向こう側から不意に琴子の声が聞こえて、オレは我に返った。
しかし、そのまま寝たふりを決め込んでいると、あきらめたのか小さなため息がひとつ聞こえ
て来た。
そして、琴子はオレの背中にピタリと体を寄せながら、今度はぬいぐるみではなく本当のオレ
に向かって小さな声で囁いた。
「入江君。私を選んでくれてありがとう。ホントに本当に大好きだからね!」


この言葉を聞くだけで、胸の中が温かなもので満たされる気がする・・・


-ああ、わかってる・・・


結婚して2年が過ぎてもなお、あんな些細なことにも翻弄される心は、いまだに知らないのだろう・・・
その一途なパワーが、オレに人を愛することを教え、どれ程人間らしく変化させて来たかを。
その超重量級の”好き”が、毎日どれ程オレを幸せにしているかを。


やっと規則正しい寝息が聞こえてきて、琴子は本格的に眠りについたらしい・・・
オレは、そっと体の向きを変えると琴子を胸の中に抱きしめた。


ふと、泥酔した琴子が、桔梗に背負われて帰ってきた日のことが思い出された。
あの時、正体をなくした琴子を、そのままベッドに横たえると、琴子は苦しい夢でも見ている
のか眉間に皺を寄せたまま眠っていた。
閉じた瞼からもにじむ涙を拭ってやりながら、オレはその頬にそっと唇を押し当てていた。
あんな琴子を見るのはもうごめんだ・・・


-今さら思うけど、理加はお前にとって、おそらく史上最強の恋敵だったんだな・・・



明日からは、また家族だけの賑やかで気を使うことのない生活が戻ってくる・・・
今夜は、こうして抱きしめていてやるから安心して眠ればいい。
琴子の香りに包まれれば、すぐに重くなってくる瞼に、オレも抵抗することなく目を閉じた。



なあ、琴子?・・・お前は、いつまでたっても全然気づかないんだな?
オレがお前を選んだ意味に。
今までお前を苦しめた恋敵たちとお前の違いに。
誰でもない”琴子”という存在がオレの全てで、代わる者など決していないのだということに。


―まあ、気づかないならそれでもいいか・・・


その方が、これからもずっと、こんな風に琴子の告白を聞き続けられるのだろうから・・・



                                              END



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



読者のみなさま、こんばんはひらめき電球

またまたご無沙汰していましたが、今回まえがき無しの、いきなりのお話アップというサプライズを喜んでいただけたでしょうかはてなマーク


なんと!!

お話しを書いたのは、「未来に続く恋」以来2年ぶりです・・・あせる

さすがに、以前のようにキーボードの上を指が走った走った~とまでは行きませんが、イタキス2の第9話を観て、久々にうずいて書いてしまいました。


このドラマは関東ローカルでの放送ということで、まだご覧になっていない方もたくさんいらっしゃるとは思いますが、レンタルDVDも出ていますし、何よりこれまでのどのイタキスよりも原作に忠実ということで、コミックの二次小説としても、ほぼ違和感なくお読みいただける仕上がりになっています。


ただ、”ほぼ違和感なく”としたのは、やはりドラマのストーリーをベースに書いたお話しなので、ドラマの中だけのアイテムが登場する場面があります。

でも、そのアイテム自体は知らなくてもお話の流れには何ら問題はないと思います。



さてさて・・・この第9話音譜

あの全33話にも及んだ台湾2吻でさえ描かなかった「理加ちゃん登場編」です。

キューブは原作のこのエピが大好きだったので、当時、台湾2吻でこのエピがなかったことが残念で仕方ありませんでした。

だから、日本版イタキス2の第8話を観終わった後の予告編で、次のエピが「理加ちゃん編」だと知った瞬間からきっとお話を書いてしまうだろうという予感がありました。


そして、予感通りお話の神様降臨です・・・にひひ

お話しを読みながら、古川@直樹、穂香@琴子を思い浮かべてもらえたら良いのですが。



今回のお話は、いわゆる「隙間」を埋める、Secondary~惡作劇之吻や2吻の中のお話のような雰囲気に仕上げたつもりです。

それこそ、「隙間」のお話しに限って言うなら、いったい何年ぶりに書いたのやらあせる



筆の鈍りは隠しようもありませんが、何よりもまた書けた喜びに今は浸っています・・・合格

どうか、読者のみなさんが楽しんでいただけたなら幸いです音譜




そして、最後になりましたが前記事にコメントをくださいましたみなさまへ、お返事をさしあげなかった非礼をこの場をかりましてお詫びいたします。

ちょうど年末の多忙な時期に突入していて、ほとんどPCを開かなかったためタイミングを逃してしまいました・・・本当にごめんなさいしょぼん


ここ最近は、またこうしてPCの前に座る時間も増えて来ました。

もし、またコメントいただけるようでしたら、今度こそしっかりとお返事したいと思っていますので、ぜひ、また感想などお聞かせくださいませ・・・ニコニコ



それでは、また次の機会に・・・音譜



                                          By キューブ




ペタしてね