読者のみなさまには、いつも私のお話を楽しみにしてくださいまして、ありがとうござますひらめき電球


一昨日アップしました「未来へ続く恋」第6話はいかがだったでしょうか・・・はてなマーク

矢継ぎ早ではありますが、前記事のあとがきでもお知らせしました通り、第7話のアップですニコニコ


どうか、お楽しみいただけますように・・・音譜


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    一条紗江子物語・・・

   ~未来へ続く恋~ ≪7≫



「一条先生!大変!!・・・」


激しく音を立てて開かれたドア。
同時に聞こえてきた声に驚いて振り向くと、そこには、ドアノブを掴んだまま目に涙をいっぱいに溜

めた入江琴子が立っていた。


「琴子さん?・・・どうしたの?・・・」
私は、慌てて入江琴子に駆け寄った。
すると、入江琴子は私の両腕を掴むと叫ぶように言った。
「一条先生!!栖原さんが、今日これからアメリカへ行っちゃう!18:30発のロサンゼルス行きだって!!」


「えっ?・・・」
私は、その瞬間私の心臓は痛いほど鼓動し始めた。
しかし、それと同時に微かな違和感も感じて聞き返した。


「どうしてそんなこと琴子さんが知ってるの?・・・」
私は、それでもまだなんとか機能していた理性で尋ねた。

しかし、その答えは彼女の背後から割って入って来た入江直樹の言葉に遮られた。
「琴子!お前また余計なお節介を・・・来い!」


「だって、入江君!一条先生が・・・」
抗う入江琴子の腕を引っ張った入江直樹は、彼女を上から睨みつけるようにして廊下へと追いやった。
それでも入江琴子は、夫の大きな体に阻まれながらも最後の抵抗を試みた・・・
「せっかく奇跡のように会えたのに!浅野さんも運命だって言ってたでしょだから早く行ってくだい!!
栖原さんのこと好きなんでしょ?また何年も会えなくなってもいいんですか?!」


―惣介と会えなくなる?・・・何年も?・・・


そして、呆気にとられている私に向かって入江直樹は無表情なまま軽く頭を下げると、ドアをゆっくりと

閉めながら独り言のようにつぶやいた。
「これだけの事があっても、まだあなたは未来にも確実な約束が欲しいと思ってるんですか?・・・」


―えっ?・・・


私は、入江直樹の言葉で突然目が覚めたように、それまでどこか漠然としていた自分の気持ちの変

化をはっきりと感じ取っていた。


そう・・・

あれ程誰かと未来を共有することを怖がっていた私は、今この瞬間、惣介と会えない未来を怖れた。
それはすなわち、未来へ繋がる今を惣介と共に歩きたいと思っている証・・・


会いたい・・・好きだから。
会えなくなる・・・それは嫌。
会いに行かなきゃ・・・今すぐ。


呪文のように耳の中にこだまする言葉を聞きながら、私は上着を着るとバッグを肩に掛けた。
今、この瞬間を逃したらまた立ち止まってしまいそうで、私は思いに身を任せた。


カウンセリングルームを出ると、ここ数日の出来事を思い出しながらエレベーターホールに向かった。


結局のところ、私と惣介が会ったのはたった一度だけ、それもほんの一瞬のことだというのに、私の

心は翻弄され追い詰められ、すでに残された選択肢は”会いに行く”こと以外なくなっていた。

そう・・・まるで誰かに操られているように・・・


―えっ?・・・操られているですって?・・・


それは、あまりに唐突なひらめきだった。


まず最初に入江直樹が、惣介に託された写真を持って来た時のことが思い出された。
あの時の彼は、入江琴子が惣介を追いかけて行ったことをわざわざ私に教えに来たようにも思えた。
そしてついさっき、浅野幸司を連れた彼と遭遇した時のあのわさとしい声の掛け方。
あの時も、私がカウンセリングから戻るのを待ち構えていて、意図的に浅野幸司と会わせたのかもし

れない・・・


そんな風に思えば、確かにどちらもあまりにも彼らしくない行動のように思えてくる。


―私を惣介に会いに行かせるために仕組んだの?・・・まさか、あの入江直樹が?・・・


しかし、あまりに都合よく事が運んで、いつの間にかその気にさせられていたのは本当だ。
ただ、入江直樹がそんなことをする理由が思い当たらなかった。
妻の琴子に頼まれて?・・・いいえ、むしろ彼女も夫にコントロールされていたと考える方が自然だ。


では、いったいどうして?・・・もし、誰かに頼まれたのだとしたら、いったい誰がそんなことを彼に頼む

というの?・・・
しかし、私は、私と惣介のことに深く関わるある人物の存在をすっかり忘れていたことに気が付いた。


―あっ!そうか!・・・どうして気づかなかったのかしら?・・・


私は、目の前で開いたエレベーターの扉が、誰も乗せることなく閉じていくのを見つめながら思わず

笑っていた。


それから私は、意を決して入江直樹のオフィスに向かった。
惣介の乗る飛行機の時間が迫っていたが、それでもどうしても確かめずにはいられなかった。


突然の私の来訪に、内側からドアを開けた入江直樹は珍しく驚いた表情を浮かべていた。
私は、ドアの前に立ったまま単刀直入に疑問をぶつけた。
「答えてください!どこまでが本当のことで、どこからが仕組まれたことですか?・・・」
「はあ?・・・」
「主犯はあなたじゃないわね?・・・誰なの?・・・まさか、栖原さんがこの病院に現れたところから全て

が仕組まれたことだなんて言わないわよね?」


たたみかける様な私の問いかけに、入江直樹は一瞬目を丸くした後、すぐにいつものクールな表情を

取り戻して逆に私に聞き返した。
「それを聞いてどうするんですか?・・・あなたは壁を乗り越えたんでしょう?・・・それとも、オレの返答

によっては栖原さんに会いに行くのをやめるとでも?・・・」
「いいえ、そんなつもりはないわ。ただ私は本当のことを知りたいだけ!」


すると、入江直樹は小さくひとつため息をつくと答えた。
「オレから話すことは何もないですよ。詳しいことは、あなたを知り尽くしている先輩に聞いてください」


―私を知り尽くしてる?・・・響子先輩?ああ、やっぱり。


「ただ、琴子は何も知りませんよ。もちろん栖原さんも浅野さんもね・・・だから栖原さんが今日アメリ

カへ発つというのも本当のことです。オレがしたことは、すべての駒を動かしてあなたにプレッシャー

をかけること・・・」
「ひどいわ・・・」
「いつもあなたがオレにしてくれたことですよ。決して直接的な言葉は使わずに自分で気づくように仕

向ける・・・でしょ?」
「えっ?・・・」


入江直樹は、ほくそ笑むように私を見た。


「それにしても、あなたと響子先輩が組むなんてね・・・いつもの仕返しのつもり?・・・」
「とんでもない。恩返しですよ」


私は、入江直樹のとぼけたような言い方に、思わず吹き出した。


「早く行った方がいい。今の一条先生の気持ちは理解できますよ。オレにも同じような経験がありま

すから・・・だからこそ協力したんです。さあ、行ってください!」


私は、入江直樹の優しくも力強い言葉に促されて大きくうなづくと、彼のオフィスを後にした。
自然と歩調は早まり、病院の前で客待ちをしていたタクシーに飛び乗った。


―お願い・・・間に合って!


私は、タクシーの中でも携帯電話を手に持ったまま何度も時間を確認しながら祈った。
車窓を流れていくビルの群れを見ながら脳裏に浮かぶのは、惣介と出会った頃の思い出。
幸せだった日々、そして今も夢に見るあの辛い別れの日・・・
いつまでたっても心にブレーキを掛けたまま、未来を信じることが出来なかった弱かった私。


そんな私が、今は惣介という”未来”に向かって踏み出すことが出来た・・・


<オレにも同じような経験がありますから・・・>


ほんの一瞬、入江直樹が心の内を見せた言葉・・・
その時の温かな微笑みが浮かんで私は目を閉じた。
あの言葉が私の背中を押してくれた。


彼も、かつて今日の私のように誰かに背中を押されて入江琴子の元へ走ったのだろうか・・・
私の知る限り、本当にギリギリのところまで追いつめられなければ、彼だって自ら想いを告白すること

などしないだろう。
私は、いつになく感謝の気持ちと共に、彼の言葉を噛みしめた・・・





空港に到着すると、私はまずフライトインフォメーションを確認した。
惣介の乗る便はすでに「出国手続き中」になっている・・・しかし、とりあえず間に合ったことに安堵しな

がら搭乗ゲートを探し始めた途端に、搭乗開始のアナウンスが聞こえてきた。


”○○エアライン、18:30発ロサンゼルス行き935便は、ただ今よりご搭乗を開始いたします。当便を

ご利用のお客様は58番ゲートへお進みください”


私は、思わず駈け出していた。


―まるで恋愛ドラマのクライマックスみたいね・・・


こんな時だというのに、私はそんなことを考えていた。
さしずめドラマの中ならまさに出発ゲートを入ろうとするギリギリのところで相手を見つけて、息を切ら

せながら思いを告白なんてことになるのだろう。
私は、果たして惣介を捕まえられるのだろうか・・・


たくさんの旅行客や見送りの客をかき分けながらフロアを走り、エスカレーターを駆け上がって58番

ゲートの前まで来ると、アナウンスを聞いて集まり始めた人々の中に惣介の姿を探した・・・


―たった今、アナウンスを聞いたのよ。まだ乗り込んではいないはず!


不安になる心に言い聞かせながら目を凝らす・・・
背が高くて、髭面で、たぶんリュックサックを背負っていて、人に言わせると熊のような人。
でも、私の愛する人・・・
やっとそれに気づけたの・・・


しかし、どんなに探しても惣介は見つけられなかった。
出発の時間はどんどんと近づいて来ているというのに・・・
私は、柄にもなく泣きたいような気持で、エスカレーターと搭乗ゲートの両方が見える場所に立って、

何度も首を左右に向けながら惣介が現れるのを待っていた。


そんな中、突然どこからか私を呼ぶ声が聞こえて私はピタリと動きを止めた。
「紗江子!・・・」と呼んだその声に、ほんの10日ほど前に病院のラウンジで私を呼んだ惣介の姿が

思い出された。


―惣介!・・・


しかし、360度どこを見渡しても人でごった返す搭乗ゲート前では、どこから声が聞こえたのかもわ

からない・・・私は、ぐるぐると体を回転させながら声の主を探した。


すると、今度は真後ろから声が聞こえ、背後から伸びてきた長い腕が私を抱きしめた。
「紗江子・・・来てくれたんだね?」


私はほんの一瞬身を固くした後、すぐに力を抜いてそのぬくもりに身を任せた。
しかし、次に惣介が私の耳元でささやいた言葉は、再会の喜びでもなく愛の言葉でもなく、小さなため

息と文句だった。


「それにしても、何度も俺の方を見てるのにまったく気付いてくれないもんな・・・」
「えっ?・・・」


私は、思わず惣介の腕をほどいて振り向いた。
そして、目の前に立つ彼を見て、すぐに吹き出した。


「なんだよ・・・笑うことないだろ?俺だって、たまにはこんな格好もするさ・・・」


惣介は、綺麗に髭を剃り、紺のジャケットにチノパンのラフなスタイルで、もちろんリュックサックも背

負ってはいなかった。


「だって、私は髭のある人を一生懸命探してたのよ・・・そんな普通の姿じゃ見つけられないわ」


私と惣介は、見つめあったまま笑った・・・笑いながら、一瞬にして2年間の隙間が埋まったような気が

していた。


それでも、惣介の出発の時間は刻一刻と迫っていた・・・
私は、搭乗ゲート前に出来た長い列を横目で見ながら尋ねた。
「どのくらい行ってるの?・・・半年?1年?・・・」


伝えたいことがたくさんあった。
しかし、この短い時間にどれだけのことが伝えられるだろうか・・・
2年前の別れの日から、随分と変化した私の心の内を。


しかし、私の問いかけに惣介はきょとんとした表情を浮かべた。
「半年や1年って何だ?・・・今回のアメリカ行きは、入賞したフォトコンテストの授賞式に出席するだけ

だから長くても1週間もすれば帰ってくるけど・・・」


「えっ?・・・そ、そうなの?・・・」
「いろいろ世話になったから、入江先生にだけは知らせたんだ。でも1週間で戻りますって言ったんだ

けどな・・・」


おかしいなと首を傾げている惣介を見つめながら、私の脳裏には、慌てて私に惣介が旅立つことを知

らせに来た時の入江琴子の姿が浮かんでいた。


<栖原さんのこと好きなんでしょ?また何年も会えなくなってもいいんですか?!>


ただ単に彼女の勘違いなのか、それともそう思い込まされたのか・・・彼女が私を騙そうとするはずもな

く、それもきっと田辺響子と入江直樹の作戦のひとつだったのだろう。
そして、たぶん私もそれが彼女の言葉だったから何の疑いもなく信じた・・・


―そこまで計算に入れてたのかしら?・・・まったく、響子先輩も入江先生もひどいわ。


私はちょっと拍子抜けした気分で、惣介と並んで搭乗口に向かって歩きだした。
1週間で帰ってくるのだとわかって焦る気持ちは消え、むしろ今はまだ何も言わずに笑って見送ろうと

思っていた。


「戻ってきたら連絡するよ。ゆっくり話そう・・・」
「ううん・・・帰りの飛行機が決まったら知らせて。迎えに来るわ。」
「ほんと?・・・わかった!」
「いってらっしゃい・・・」


それから惣介は、とても照れくさそうにしながらも、しっかりと私を抱きしめてくれた。
私は、頬に触れた惣介の顎に髭の感触がないことをなんとなく物足りなく思いながら、その背中に手

を回していた。


惣介は、名残惜しそうに搭乗する客の列に並ぶと、少し離れたところで見送っている私にカメラを向け

て何度かシャッターを切った。
私は、笑いながら手を振っていた。
とても穏やかな気持ちだった・・・


それから私は、惣介の姿が見えなくなるとすぐに送迎デッキへ向かった。
今のこの甘く高揚した気持ちの余韻にまだ浸っていたかったから・・・


そんな時だった・・・ずっと手に握りしめたままだった携帯にメールの着信音が鳴った。
それは、アドレス帳には登録されていないアドレスからのメールだった。
正確に言えば、以前は登録されていたのに2年前に削除してしまったアドレスからのメールだった。
私は、惣介の乗った飛行機を見下ろせる場所に立って、そのメールを開いた。


いきなり、たった今惣介が私に向かってシャッターを切った写真が現れた。
そして、その下にメッセージが書かれていた。


<これが頑なな弱さを乗り越えた君の笑顔です。
紗江子、来てくれてありがとう>


私は、もう一度画面を戻して、とても穏やかな笑顔で手を振っている自分の写真を見つめた。
こんな表情で彼を見送ったのかと思うと急に照れくさくなって来て、私はすぐにメールの続きを読もう

と再び画面をスクロールさせた。
しかし、その先に書かれていることに私は思わず目を見開いた。


<それと、今度入江先生に会ったら僕がお礼を言って
いたと伝えてください。
入江先生は、君が自分から決心して会いに来るまで、
僕からは決して動いてはいけないと助言してくれた。
君が自分の力で殻を破らなければ意味がないからと。
でも、君はきっと僕に会いに来るはずだからと。
彼の奥さんも、僕たちのことをとても心配してくれ
ていた。
紗江子は、とても良い仲間に恵まれているんだね。


出発の前に、これだけは伝えておいた方がいいよう
な気がしてメールしました。
このアドレスまだ生きてるよね?


そろそろ時間だ。
いってきます。
1週間後に会えるのを楽しみにしてるよ。


紗江子・・・愛してる>


私は、夕日を映してオレンジ色に染まった携帯の画面をじっと見つめながら何度もメールの文章を読

み返した。
そして、ふと見るとすでに滑走路に向かって動き始めていた飛行機に向かって、ちょっと唇を尖らせな

がらつぶやいた。
「お礼なら惣介が自分で言ってよ。できれば私のいないところでね・・・」


誘導灯の点灯した滑走路を、惣介を乗せた飛行機が轟音と共にスピードを上げて行く。
そして、ふわりと機首を上げた機体はそのまままるで風に乗ったように空へと舞い上がって行った。


もう携帯の電波は届かない・・・
私は、次第に小さくなっていく飛行機に向かって心を籠めて答えを返した・・・


「私も愛してる・・・」と。


                                                つづく


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


さて・・・いかがでしたでしょうか・・・はてなマーク


やっと惣介君が登場しましたね~にひひ

全体のあとがき的なものは、次回のラストか別記事にて書きたいと思っていますので、今はまだあれ

これは申し上げませんが、一応本筋としてはこのお話で終わりということになります。

次回最終話では、エピローグというかまとめ的な展開となりますので、どうぞご期待くださいませ。


もしよかったら、感想などお聞かせください・・・ひらめき電球


最終話のアップは、水曜日を予定しています。

どうぞ、お楽しみに・・・音譜



                                                   By キューブ




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