読者のみなさまには、いつも私のお話を楽しみにしてくださいまして、ありがとうございます![]()
さて、前記事でお約束しました通り、「未来へ続く恋」の第6話をアップします![]()
なんだかんだとまだあと2話ほど続きますので、どうぞお付き合いくださいませ。
どうか、お楽しみいただけますように・・・![]()
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一条紗江子物語・・・
~未来へ続く恋~ ≪6≫
「ああ、一条先生。お疲れ様です」
私は、廊下を曲がった途端、背後から掛けられたあまりにも意外な声に前を向いたまましばらく振り向
けないでいた。
それは、普通なら廊下ですれ違った程度のことでは、決して私に掛けられる筈のない言葉でもあった。
そして・・・何よりも、それはあまりにもわざとらしい声の掛け方だった。
私は、あからさまに警戒しながらゆっくりと振り返った。
「入江先生?・・・どうかなさったんですか?・・・」
すると、声の主入江直樹は、どこか含みを込めた笑みを浮かべながら小さく頭を下げた。
昼下がりの外科病棟の廊下・・・私は、事故で怪我をして起き上がることのできない患者の病室でのカ
ウンセリングを終えて自分の部屋へ戻るところだった。
そして、入江直樹も処置室か検査から戻って来たのか、若い男性患者の乗った車いすを押していた。
私が振り返ると同時に、私と入江直樹の交わした挨拶を聞いていた車いすの患者が尋ねた。
「あ、あの入江先生?・・・一条先生って、もしかしたら栖原さんの?・・・」
「ええ、そうですよ。彼女が臨床心理士の一条先生です」
入江直樹の返答に、その患者の表情がぱっと笑顔に変わった。
―えっ?誰?・・・どうして惣介の名前を?・・・
そして、私はすぐにはっと気が付いた。
「もしかしたら、こちらはヘリコプターで運ばれてきたという患者さん?・・・」
私は、あえて男性患者に直接は聞かず、入江直樹に向かって尋ねた。
「ええ、先週栖原さんが付き添って搬送された浅野さんです」
入江直樹の返事は、心なしか”栖原さんが”と言うところに力を入れたように聞こえた。
浅野というその青年は、年の頃なら入江直樹と同じ位だろうか・・・少なくとも私よりは年下の様に見えた。
山の斜面を滑落したという彼は、右半身に特にダメージを受けたらしく、右手右足にはギブス、頭には
包帯を巻き、右頬や額には細かい擦り傷がや痣ができた痛々しい姿をしていた。
「あ、あの・・・その・・・何て言ったらいいか、こんないきなりの対面で・・・あっ、僕浅野幸司といいます」
そんなにも意外な対面だったのか、しどろもどろになりながらなんとか挨拶をした彼は、自由の利く左
手を包帯の巻かれた頭に当てながら私に向かって頭を下げた。
私は、ただこの状況に戸惑ったまま「心理カウンセラーの一条紗江子です」とだけ言って彼の次の言
葉を待った。
すると、浅野幸司は何かに気づいたようにぱっと私を見た。
「そうだ!紗江子さんだ。栖原さんの話しの中に何度も出てきた名前です・・・」
浅野幸司は、私の顔をまじまじと見つめながら微笑んだ。
―惣介が私の話をこの人に?・・・
私は、親しげに話しかけてくるこの患者の言うことを何も言わずに聞いていた。
しかし、次に彼の口から投げかけられた問いかけに思わず目を見開いた。
「それで栖原さんには会いに行かれたんですか?」
―えっ?・・・
「一昨日、診察に来た帰りに栖原さんが僕を見舞ってくれて、その時に一条先生と再会したと聞いて
驚いたんですが、その後入江さんから一条先生と栖原さんの2年前の話を聞いて、ちょっと心配して
たんです」
「えっ?・・・入江さん?・・・」
とうとう私は黙っていられず、驚きを声に出しながら後ろに立つ入江直樹を睨んだ。
すると、私の視線の意味に気づいた浅野幸司は慌てた顔で左手を振った。
「違います違います!入江先生ではなく看護師の入江さんです。入江先生の奥さんの琴子さんです
よ。僕の担当をしてくれているので・・・」
「そ、そういうことですか・・・」
私は苦笑いを浮かべた。
見ると、入江直樹は自分があれこれ話すわけがないだろうと言わんばかりに憮然とした表情を浮か
べていた。
「すみません。いきなり不躾なことを言って・・・でも、琴子さんに一条先生の様子を聞いてからずっと
話がしたいと思ってて、でも体がこんなだから入江先生か琴子さんにお願いしようかと思っていたとこ
ろだったんです。そうしたら、こうしてお目にかかれたものですからつい・・・」
浅野幸司は、恐縮した顔をしながら目を伏せた。
惣介は、この青年にいったい私の何を話したというのだろう・・・
私は、素直にその話を聞きたいと思った。
「それで、私に話したいことというのは?・・・」
私の問いかけに、浅野幸司は「それは・・・」と言いながら入江直樹を見上げた。
そして、私も釣られたように入江直樹の顔を見た。
すると、彼は無表情なまま車いすを押して私の目の前まで来ると、車いすを回転させて私に取っ手を
渡した。
「オレは遠慮しておきますよ。どうぞ2人でゆっくり話してください。あっ、浅野さんの病室は505号室
す。終わったら送り届けてくださいよ」
きっと入江直樹は初めからそのつもりで、あんなわざとらしい声の掛け方をしたのだろうと私はその
時理解した。
私は、入江直樹に向かって小さくうなずくと、そのまま車いすを押してすぐ近くの談話室に入った。
四人掛けのベンチが二つと、飲み物の自動販売機があるだけの狭い談話室には、面会時間までまだ
時間があるせいか誰もいなかった。
私は、窓際のベンチの前に車いすを止めると、回り込んで浅野幸司の前に腰かけた。
「怪我の具合はどうなんですか?・・・私に声がかからないところを見るとメンタル的には問題がない
ということかしら?・・・」
私は、いきなり本題を切り出さずに、まずは浅野幸司自身のことを聞いてみた。
「そうですね・・・きっとそれも栖原さんのお蔭なんだと思います。滑り落ちて動けなくなってる僕をず
っと励まし続けてくれて本当に身動きひとつできないほどの怪我だったのに、不思議ともうだめだとか
死ぬかもしれないなんてこと思わなかったですからね」
そう・・・惣介には、そんなところがある。
人の心を温かく包み込んで、安心させてくれるような・・・
「あなたと惣・・・いえ、栖原さんは今回の遭難の時が初対面?・・・」
私は、浅野幸司が話を切り出しやすいようにきっかけを与えるつもりの質問をした。
「はい。あっ、いえ厳密にいうと、遭難した日の早朝に山小屋で初めて話しをしました・・・」
そして、浅野幸司は惣介との出会いの場面を時々遠い目をしながら語り始めた。
一人での登山は今回が初めてだったという浅野幸司は、日が暮れるギリギリに山小屋に到着し、疲
れていたこともあって他の登山客と言葉を交わすこともなく早々に就寝したという・・・
そして、その分夜明け前に目覚めた彼は、山小屋の前の展望台から山の向こうに登る朝日を見よう
と起き出して来て初めて惣介に会ったと言った。
「あの日の朝は快晴で、太陽はまだ山の向こうにありましたが本当に綺麗な朝焼けだったんです。
でも、栖原さんは山小屋の食堂の大きな窓ガラス越しにカメラを構えていました。僕はなんで外へ出
て撮らないんだろうって思って声を掛けたのが最初でした」
『もう太陽が上がっちゃいますよ。展望台から撮った方が綺麗なんじゃないですか?・・・あっすみませ
ん。急に声かけたりして』
『いや、構わないよ。今回はこのアングルでどうしても朝日の写真が撮りたくて来たんです。だから俺
は、ここでいいんだ』
そこで、浅野幸司はどんな写真が撮れるのか興味を持って、そのまま惣介の隣で同じようにカメラを
構えた。
惣介は、別段不審がるでもなく人懐っこい笑顔を見せると、何も言わずに再び三脚に乗せたカメラを
覗き込んだ。
しかし、自分からそこに居座ったものの、何の会話もないことに居心地の悪くなった浅野幸司は、ま
ず先に自分から身の上話を始めた。
『この山を下りたら、僕彼女にプロポーズしようと思ってるんです・・・』
『へえ、いいね。』
『OKしてもらえるかちょっと自信がなくて・・・それでなんだか自分を奮い立たせたくて今回初めて一
人で登って来たんですよ』
すると、しばらく浅野幸司の話に相槌を打っていた惣介も、『実は僕もね・・・』と言って話を始めた。
以前、今と同じようにして撮った写真を展示会に出したこと。
その写真がきっかけで出会った女性と付き合うようになったこと。
でも、その女性とは2年前に別れたこと。
それからの2年間は海外に行っていて、つい最近帰国したこと。
結局2年経っても彼女を忘れられなかったこと。
そして、やっぱり帰国して一番にその女性に会いたいと思ったこと。
『それで会いに行ったんですか?・・・』
『いや、勤め先も変わってしまってどこにいるかわからないんだ。まあ、会えたとしても果たして彼女
が受け入れてくれるかどうか・・・それでね、まずは原点に返ろうと思ってこの写真を撮りに来たんだ。
会いに行く勇気が湧くかなと思って』
『じゃあ、僕と一緒ですね・・・』
浅野幸司の言葉に惣介は大きくうなづいた後、『ただ、彼女はね、とっても難しい人なんだ・・・』と言っ
て笑ったという・・・
「私って、そんなに難しいかしら?・・・」
私は、浅野幸司の話を聞きながら不満げにつぶやいた。
「さあ?・・・僕は今初めて一条先生にお目にかかったんですからわかりませんけど、でも栖原さんは
本当にとても愛おしげにそう言ってましたよ」
―えっ?・・・
そして、浅野幸司はパジャマの上に着たジャケットのポケットから携帯電話を取り出すと、いくつかボ
タンを操作してからその画面を私に向けた。
「これがその時栖原さんのマネをして僕が撮った写真です」
その写真は、少しピンボケではあったけれど、間違いなく4年前に惣介と出会ったきっかけになった写
真と同じアングルで撮られていた。
目の前のガラスには、確かに携帯を構えた浅野幸司らしき人物がぼんやりと写り、その向こうには山
の影と放射線状に光を放つ太陽が写っていた。
私は、その写真を食い入るように見つめながら、知らず知らずに涙が込み上げてくるのを感じていた。
惣介は、この病院で私に再会する前から私を探すつもりでいたらしい・・・
その事実は、どうしようもなく私の心を揺さぶっていた。
「その後、僕の方が先に出発して下山を始めました。そして崖下を下っているときに真上から石が転
がるような音が聞こえて来て、それを避けようとした時に足を滑らせて・・・」
浅野幸司は、その瞬間を思い出したのかギュッと目を閉じてその先の言葉を飲み込んだ。
私は、すぐに車いすの肘掛けに置かれていた彼の手に自分の手を重ねて強く握った。
「いいのよ。無理に話さなくても・・・」
驚いて目を開けた浅野幸司は、それでも「大丈夫です」と言って大きくかぶりを振ると、さらに話を続
けた。
滑落してからどのくらい時間が経ったのか、気が付いた時浅野幸司はすぐ横に渓流の流れる平らな
場所にあおむけに寝かされていたという。
右目は腫れて開かず、全身は痛みと言うよりも痺れたようになってどこも動かすことが出来なかった
が、かろうじて動かすことができた首を横に向けると惣介が座っていた。
『気が付いたか?・・・救助の要請はしたし、足と腕の応急処置もした。彼女にプロポーズするんだろ?
・・・気をしっかり持て!』
惣介の第一声は、耳元で聞くには大きすぎる声だったが、お蔭で頭がはっきりしたと浅野幸司は笑い
ながら言った。
「それから栖原さんは、救助隊が到着するまでずっと僕を励まし続けてくれました・・・その中でとても
印象に残った言葉がありました」
浅野幸司は、惣介が言ったという言葉を噛みしめるようにつぶやいた。
『今ってやつは自然と未来へ繋がってるんだ。それが1分先でも10年先でもそれは未来なんだ。だ
から先のことを怖がっていたら今を生きることだって出来やしない!』
「栖原さんが、その言葉をどういうきっかけで言ったのか実は僕はよく覚えていないんです。たぶん
僕が泣き言でも言ったんでしょう・・・ただ、それをやけにはっきり覚えていたのは、あの言葉は僕に向
けて言った言葉ではないような気がしたからです」
浅野幸司は、そう言って私の顔を覗き込んだ。
―そう・・・きっと私への言葉・・・
心の奥底で何かが破裂しそうだった。
それなのに、まだ気持ちは揺れていた。
会いたいという思いは益々募るのに・・・
それが惣介の言う”かたくなな弱さ”だと十分自覚しているのに・・・
「それからもう一つ・・・」
浅野幸司は、うつむいてしまった私に向かって探るように声を掛けた。
私は、無理やり笑顔を作って顔を上げた。
「いつとはっきり聞いたわけではないんですが、一昨日お見舞いに来てくれた時に栖原さんが言って
ましたよ・・・腕の怪我の抜糸も済んだからまた海外へ行くって。」
「えっ?・・・」
―えっ?・・・どこへ?いつまで?・・・
動揺する私に向かって浅野幸司が言った。
「一条先生!迷う必要なんてないです。間違いなくあなた達は運命の相手だと僕は思いますよ!!」
私は、浅野幸司の言葉に思わず目を見開いた。
「どうしてそんなことがあなたにわかるの?・・・」
すると、浅野幸司は身を乗り出すようにして語気を強めた。
「だって考えてみてください!栖原さんは、山の上にいる時は一条先生の居場所を知らないと言って
いたんですよ。それなのに、あなたに会うために自分を奮い立たせようと登った山で、たまたま見ず
知らずの僕を助けて付き添って来た病院にあなたがいた!まさに奇跡ですよ!・・・こういうのを運命
っていうんじゃないですか?」
”運命”・・・それは、田辺響子にも言われた言葉・・・
―そうかもしれない・・・
自然とそう思えた。
「まぁ、運命の2人を会わせるためとはいえ、僕は随分痛い思いをしましたけどね・・・」
浅野幸司は笑いながら腕のギブスをコンコンと叩いて見せた。
それから私は、浅野幸司を病室に送り届けた後、カウンセリングルームに戻って出かける支度をした。
受付で惣介のカルテを見せてもらい、電話番号も住所も調べて来た。
白衣も脱いで、デスクの上にはすぐに出られるようにバッグも置いてあった。
あとは、一歩を踏み出す勇気・・・
なりふり構わず走り出す勇気・・・
しかし、私には、惣介が4年前と同じ景色を見に山へ登ったように、私が私自身を奮い立たせる術が
ない。
随分と長い間、そんな風に自分を追い込んだことも追い込まれたこともなかったから・・・
私は、ぼんやりと窓の外を眺めながら、決心が固まる瞬間を待っていた。
全てが万端整っているというのに、それでもまだ思いきれない自分が歯がゆかった。
そんな時だった・・・
「一条先生!大変!!・・・」
激しく音を立てて開かれたドア。
同時に聞こえてきた声に驚いて振り向くと、そこには、ドアノブを掴んだまま目に涙をいっぱいに溜
めた入江琴子が立っていた。
つづく
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さて、いかがでしたか・・・![]()
さんざんお待たせしておきながら、またまた生殺し的思う壺に落ちていただけたでしょうか・・・![]()
それにしても、一条先生もホント自分のこととなるとグダグダですね~(≧m≦)ぷっ!
次回が、いよいよこの物語最大の山場となるでしょう・・・![]()
アップは、日曜日か月曜日あたりを予定していますので、どうぞお楽しみに・・・![]()
By キューブ
