読者の皆さまには、いつも私のお話を楽しみにしていただいて、ありがとうございます
さて、随分とお待たせしてしまっていた「あの頃の琴子へ」の第2章ができあがりましたので、
どうぞ、お読みください。
第1章に比べて、インパクトは少ないと思いますが、まだこの章でも終わってはいません・・・
今回のお話は、序章である程度の結末を想像していただけるようにしてありますので、その
過程をお楽しみいただければと思っています。
それでは、また感想などお待ちしています・・・![]()
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~あの頃の琴子へ -第2章-~
<親愛なる入江君へ・・・>
オレの視線は、その一文にくぎ付けになった。
―オレ?・・・
どう見ても今が初対面のその少女に、<親愛なる>などという言葉のついた手紙をもらう
いわれはないように思えた。
しかし、見たところ高校生くらいの少女から「君」呼びされるはずもないと思い、それは”入
江違い”だということにすぐ気がついた。
すると、オレの視線を感じたのか、一心に手紙を書いてた少女が不意に顔をあげた。
「ちょっと、何見てるんですか?」
少女は、オレにいぶかしげな視線を向けると、急に「あっ」と声を上げて、次にクスクスと笑
い始めた。
「先生って、名前入江っていうんですか?」
少女は、オレの胸についたネームプレートを見ながら尋ねた。
「ああ、そうだよ・・・だから・・・」
オレが、同じ名前だったからちょっと驚いたと言おうとしたとき、それを遮るように少女が言
った。
「ふふ、自分宛の手紙だと思ったんでしょう?・・・確かに先生ってハンサムだけど、それっ
て、自意識過剰なんじゃないですかぁ~?」
「じ、自意識過剰って・・・」
オレは、言葉に詰まって驚きの目を少女に向けた。
「間違っても先生宛じゃないから心配しないで・・・私の入江クンは高校の同級生なの!
少なくとも先生よりはずっと若いんだから・・・」
少女は、オレに向って少し自慢げに胸を張ると、ペンを取り直して再び手紙を書き始めた。
オレは、吹き出したくなるのをなんとか堪えながら、何も声をかけずにその場を立ち去った。
―自意識過剰か・・・
オレは、病院の廊下をオフィスに向かいながら、心の中でつぶやいた。
親愛なるの「親」の字さえ書けない少女が、いりなり初対面の相手に自意識過剰などという
言葉を言うなんて、オレは苦笑しながら思わず首を横に振っていた。
しかし、あの少女の言ったことは、あながち間違いでもないだろう・・・
<親愛なる入江君へ>という文が見えた時、ほんの一瞬とはいえ、それはオレ宛の手紙な
のかと思ったのは事実だ。
琴子と結婚して、もうずいぶん経つというのに、いまだにカルテにそっと挟まれたメモや知ら
ない間にポケットに入れられた手紙にいい加減慣れっこになってしまっている自分をほんの
少し戒めてくれるような出来事だったと、オレはその時の複雑な気持ちを納得させていた。
そして、その少女は検査を終えて2日ほどで退院していった。
結局、オレはその少女が鮎川響子という名前だということだけしか知ることもなく、すぐに思
い出すこともなくなっていた。
しかし、オレは、それから二か月後に、今度は担当医師としてその少女と再会すること
になる。
心臓に病気を抱えたその少女が、学校で胸の痛みを訴え、掛かりつけであるこの病院に
運ばれてきたのは、病院の庭に植えられた銀杏の木が、黄金色の葉で地面を覆い始めた
秋の終わりのことだった。
「私、今は手術は受けません」
鮎川響子は、オレから目を背けるようにして言い放った。
「どうして?・・・今までもずっと手術を拒んできてるみたいだけど、こんなに頻繁に発作を
起こすようじゃ、もう手術する以外方法はないよ。もし次に同じような発作が起きたら、今
度は、命の保証はできないけど・・・」
オレは、鮎川響子の顔に浮かぶ表情の変化を見逃さないように気をつけながら言った。
鮎川響子は、オレの言葉に少し青ざめながらうつむくと、しばらく考え込んでいた。
そして、顔をあげると今度は懇願するように、言った。
「それなら、せめてあと4か月・・・ううん、1か月でいいです。その間だけ今まで通りに薬で
なんとかしてください・・・私、どうしても見届けなきゃならないものがあるんです」
「見届けなきゃならないものって・・・」
オレは、勢い込んで訴える鮎川響子に少しのけぞりながらつぶやいた。
「だから、本当なら今だってこんなところにいたくない・・・だって、だって卒業しちゃったらも
う入江クンには・・・」
彼女は、そこで言葉を切ると込み上げてくる涙を隠すようにうつむいた。
「ああ、そうか・・・君はあの時の・・・」
オレは、不意に彼女が病棟の待合室で手紙を書いていた姿を思い出していた。
「えっ?」
鮎川響子は、驚いたように顔をあげると、改めてオレの顔を覗き込んだ。
そして、あの時の様にオレの胸の名札を見ると「あっ」と小さな声をあげて、急に済まなさそ
うな表情を浮かべた。
「あの時は、失礼なこと言っちゃってごめんなさい。手紙がうまく書けなくてちょっとイライラ
してたからつい・・・」
<自意識過剰なんじゃないですかぁ~?>
あの時の痛烈な一言が蘇ってきて、オレは苦笑いを浮かべた。
「別に気にしてないさ・・・それであの時のラブレターはちゃんと渡せたの?君の入江クンに。」
オレが口元に笑みを浮かべながら問いかけると、鮎川響子はうつむいて首を横に振った。
「渡そうとしたけど、ダメだった・・・入江クン、すごく人気があるから・・・」
「ふーん、そうか・・・じゃあ、君が手術を拒んでいるのは、もしかしたらその入江クンが原因?」
オレは、カルテを手に取りながら、淡々と尋ねた。
自分の命と恋を秤にかけるなんてと思いながらも、その時オレは、自分でも不思議なほど
彼女の頑なな気持ちと”入江クン”がすんなりと結びついていた。
「えっ?・・・」
オレの言葉が的を射ていたことを、はっきりと表す表情を浮かべて鮎川響子がこちらを見た。
オレは、なぜか吹き出したくなる気持ちをなんとか堪えて、彼女の答えを待った。
そして、彼女は観念したように話し始めた・・・
「彼は、バスケットボールの選手でスポーツ特待生なんです・・・」
それは、本当に単純な恋の話・・・でも、それが今の彼女の全てだという恋の話。
しかし、オレはその話を不思議な感慨を持って聞いていた。
もちろん、その時はその意味に気づいてはいなかった。
それは本当に、どこにでも転がっていそうな片思いの話なのに、ある意味命がけともいえ
る重みが加わって、オレをその恋の話に引き込んでいた。
「1ヶ月後に、入江クンの卒業記念試合があるんです。彼はそのまま上の大学へ入るけど
たぶん大学にはほとんど通わずにアメリカへ修行に行っちゃうと思うんです。だから、せめ
てそれまではずっと応援していたい・・・ずっと入江クンを見ていたい・・・そして彼の最後の
試合をしっかり見届けて、それで諦めようと思ってるんです・・・だからお願いです。もう少し
だけ・・・」
彼女は、顔の前で手のひらを合わせてオレを見た。
―諦めるつもりなのか?・・・
オレには・・・
そんな話には流されない強い理性があると思っていた。
彼女にとって、今一番必要なことは、恋を追いかけることではなく、手術を受けて健康な体
を取り戻すことだった。そして、オレは何が何でも、彼女を説得して手術を受けさせなけれ
ばならない立場の人間のはずだった。
それなのに、いったいどうしたことだろう・・・その時のオレは、彼女に向ってなんのためらい
もなく「わかったよ」と答えていた。
すると、鮎川響子の顔が見るみると輝きを取り戻し、目に涙を浮かべながら何度も「ありが
とう」を繰り返していた。
オレは、とりあえずもう少し詳しい検査をするからと、あと2日の入院を承諾させ、あとはオ
レの言いつけを必ず守る約束をさせて、彼女を病室に帰した。
正直にいって、それはまるで自分の主義とか仕事のスタンスを無視した行為だった。
このオレが、患者の感情に流されるなんて・・・
しかし、彼女の話を聞きながら、オレの胸に去来したものは一体何だったのか・・・
それは、ただ単に彼女の願いを聞き届けてやるというだけのものではなく、どこかにオレ自
信の願望も入り混じった感情のようにも思えた。
しかし、その時のオレは、その場の自分の判断にほんの少しの戸惑いを感じながらも、いつ
もの冷静さを失っているとは思っていなかった。
だからこそ・・・
鮎川響子の話を聞きながら、なぜか不意に脳裏に現れる琴子が、高校の制服姿だったこと
の意味にも、その時はまだ気づけないでいたのかもしれない・・・
つづく
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さて、いかがでしたか・・・![]()
お待たせした割には、何も解決せず何も始まらずといった感じになってしまいましたね・・・
あと何話になるかわかりませんが、書いているキューブからしますと、このお話の中で書き
たかったことに向かって、着実に進んでいる・・・といったところでしょうか・・・![]()
12月になって、自分はもちろんのこと、まわりもバタバタとあわただしくなって来ました。
次のお話もなるべく早くアップしたいとは思っていますが、溜めこんだ宿題の方も気になっ
ているので、ボチボチと進めていきたいと思っています。
またお待たせしてしまったらごめんなさいね・・・
どうか、気長にお待ちいただけると嬉しいです・・・( ̄∇ ̄*)ゞエヘヘ
次回もどうぞお楽しみに・・・![]()
By キューブ
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