「もう、たくさん!」

突然、酔いつぶれていたはずの琴子が立ち上がり叫んだ。


「みんな勝手なことばっかり言って・・・私と入江君の気持ちは?」

琴子の言葉に、それまでオレをまったく無視したまま、オレの将来について言い争って

いたオヤジとオフクロも、バツ悪く黙り込んだ。


―まったく、余計なことを・・・お前には関係のないことだろう?

酔っ払いの騒ぎに、オレは少々うんざりしながら琴子のことを見ていた。

T大受験前日、相原のおじさんが、オレたち家族をおじさんの店に招いてくれた。


誰もが、オレのT大受験を信じて疑わない中で、当のオレだけがいまだに葛藤していた。

T大へ行って、どうするつもりなんだろう?

オレは、将来何をするつもりなんだろう?


オレが以前、「大学に行きたくない」と言ったときに、琴子が言った言葉が脳裏に浮かぶ・・・

<大学は、自分が将来何になりたいか、探しに行く時間なのよ・・・>

だからと言って、それがT大でなければならない理由などオレには思い当たらなかった。



琴子は少しろれつの回らない口で、言い続ける。

「入江君だって、自分で将来を決めたいはずよ!料理人とか、大学とか・・・入江君の

意見を尊重したらどうなの?」


そして、琴子はオレの隣に座り、焦点の合わない目でオレを見てつぶやいた。

「知らないだろうけど、入江君だって、悩んでるんだから・・・すごく・・・すごく悩んでる・・・」


kotoko2

―えっ?


琴子がオレの頬に手をあてる。

オレは吸い寄せられるように、琴子を見つめていた。


―お前、どうしてわかるんだよ。オレのこと・・・オレの気持ち・・・


ほんの少しの戦慄と、胸の奥から湧き上がる不思議な感動がオレを包んだ。



それは、琴子がオレの気持ちを代弁しているという事実。

琴子の言葉が、オレの心の中の霞を晴らしていく・・・


―琴子?お前って、何者なんだ?


自分の恋すらままならないお前なのに、どうしてオレの気持ちを言い当てられるんだ?

オレ自身、言いたくても言い出せなかったことを、そんな風にいとも簡単に、口にするお前って・・・


そうさ。

オレは、自分で決めたいんだ。

誰かが導く先へ進むのではなく、自分の道は自分で探して、切り開いて行きたい。


何かをみつけなければ・・・


それは、T大に行けばみつかるものなのか?

何度も繰り返しぶつかって来た疑問が、再び頭をもたげ、焦る気持ちが空回りを始める。



あれは、学校の進路調査票が配られたとき・・・

その時のオレは、漠然と自分はオヤジの母校であるT大に進学するんだと、

思い込んでいた。だから、オレの手は何の迷いもなく「T大進学」と書き込んでいた。


しかし、その時初めて、ココロの中にあの声が聞こえた・・・

<T大に行っても、琴子はいない・・・>


オレは、そんな気持ちが自分のココロの中にあったことに驚き、慌ててその言葉を打ち

消した・・・

しかし、それがきっかけのように、T大へ進むことに疑問を抱くようにもなっていった。


そして今、酔いつぶれて完全に正体不明になった琴子を見ながら、再びオレのココロ

の無意識の底から、あのささやきが聞こえてきた。


<本当にT大に行くのか?T大に行っても、琴子はいないのに・・・>



オレはその時、最初にこの言葉を聞いたときよりも、ずっと素直にその言葉を受け止め

ている自分を感じていた。





                           つづく「葛藤するオレのココロ -2-」