9月3日、2日目。この日は張橋(ちょうきょう)から韓城(かんじょう)を経て、侯馬(こうば)に向かう。
8:27発の列車で移動。ホームでは手を広げたり閉じたりするせっきー。この日は肌寒いくらいの気候の様子。
乗車した列車は徐々に高度を上げ、険しい地形が続く黄土高原をひた走る。列車はまた大地を裂くようにまっすぐ走っていく。
車内では赤い靴下をはいた幼い少女がカメラを向けられてご機嫌。はしゃいでいた。
8:33、韓城に到着。「とりあえずお腹が空いたよ」とつぶやきながら歩くせっきー。
駅前に出てみると屋台がたくさん並んでいた。
その中の一軒に足を運ぶ。女店主が「温かいのと冷たいの、どっち?」と聞いている。どうやら麺を出す屋台のようだ。
せっきーは「温かいのがいい」と伝え、出来上がるまで作っている光景を眺める。
屋台の裏側では手回しでコンロに風を送り火力を挙げていた。その炎で麺を炒めていく。
陝西省名物【涼皮/リャンピー】
蒸し麺のモチモチした食感が特徴。出来上がったリャンピーを口に運ぶせっきー。(なぜかお皿にはラップが巻かれていたけど、洗う手間を省くためかな?)
一口食べ、噛みしめる。一瞬、間があり目がくるくるしてる(笑)
その後、突然「辛い」と叫び、水をくれとゼスチャー。
「水!水!」と中国語で言いながら立ち上がりウロウロ。
その後はどうしたのかは不明だけど、おいしかったのかな?
場面変わり、郊外へ。
谷あいに瓦屋根の家並みが広がる。 【党家村】と言われ、240世帯が住んでいる。
村の歴史は古い。元の時代にさかのぼり、清の時代には現在のような姿になった。
高い石垣とびっしり敷き詰められた石畳を歩くせっきー。
歩いていくと村はずれに小学校があった。そこには6層の塔が立っていた。
近寄ってみてみるも良くわからない。ちょうど校庭に面して売店があったのでそこのおじさんに尋ねてみた。
おじさんに寄れば最上階には【文曲星(学問の神様)】の像が祀られてあり、下の階には偉人の位牌が納められているそうだ。またこの塔は勉学を奨労するための目的で建てられたらしい。
さらにおじさんは語る。「昔の農家は貧しかった。食べ物もお金もなく、私の時代、一年間の学費は15元。それが支払えなかった。だから孫は全員大学に行かせるんだ。抱っこしておんぶしてでも学校に連れて行く。」と話していた姿が印象的だった。
時間は休み時間に入ったのか子供たちが校庭に飛び出してきた。元気に遊んでいる。
せっきーはおじさんに尋ねた。「それは何年前のことですか?」
おじさんは「40年前さ。」
せっきーはおじさんが意外と若いことに気がつく。お年を聞くと63歳。まだまだお若い。
「昔は農家の子供は学校に上がるのが遅かったんだよ」としみじみとおじさんは語っていた。
休み時間も終わり、子供たちが急いで戻っていく。せっきーも小学校内に入ってみる。
ちょうど2年生の音楽の授業が行なわれていた。女の子が一生懸命、歌を歌っていた。
今では7歳からみんな学校に通えるようになったそうだ。昔と今では変わってきている。
再び列車が黄河を渡る。18:07、山西省の侯馬に到着。
列車を降りると突然の大雨。すかさず屋根のあるところので猛ダッシュのせっきー。
今日の旅はこれでおしまい。明日は鄭州までの旅となる。