寂恋――出発 | 道標を探して

道標を探して

 ただ、そこに進んでみたい道がある。
 仰いで見たい空がある。
 踏んでみたい土がある。
 嗅いで見たい風がある。
 会ってみたい、人がいる。



 僕には、好きな人がいた。そして、僕の好きな人にも、好きな人がいた。でも、それは僕じゃなかった。もっと言うと、僕は彼女が好きでいてくれればよかったので、むしろこれでいいとさえ思っていた。


 


 そう思いながら、僕はその人のことを想っていた。


 しかし、そんな思いでいる僕は、今日の午後10:30頃、完全にかき消された。やっと我に帰ったという気分になった。かもしれない。かもしれないというのは、今回が僕にとってはじめての真面目な失恋だったから、よくわからないのだと思う。


 少しずつ、かどうかわからないけど、話していくとしよう。


 


 11月29日・火曜日・午後10:30。それは僕の通っている大手英会話スクールの終わった時刻だった。終わった今はこう思う。この日を多分僕は一生忘れない。


 それは僕の好きな女子の付き合っている男の話にクラス内の女子が会話のネタをシフトしたことから始まった。


「ねー、○○の彼氏って何歳なの?」


 僕は彼女の彼氏の情報について全く知らなかったので聞き耳を立てて聞いていた。


「25歳」




 ……一同驚愕。




 僕は声を出さず、驚いていないフリをしていた。それもそのはず、周囲の人間は僕の感情に気付かず、幼馴染である彼女に10年も弱気に片思いをしていることなんて知るはずもないのだ。話し相手の女子は矢継ぎ早に質問をぶつけていく。


「仕事は?」


 これも興味がわいた。今までどれだけ高い年齢でも普通の大学生の年齢は外れないものだろうと思っていた僕にとって、とても興味深い疑問になった。質問内容自体が想定外だった。


「高校の講師。来年は教師になるための試験を受けるんだって。普通なら筆記と面接をやるんだけど、今は講師をやってるから筆記は免除になって、正確を判定する面接だけ受ければいいし、性格の審査なんて悪くなけりゃ合格なんだからすでに内定が決まったようなもんだよ、それに彼女持ちの男が性格悪いわけないでしょ」


 なんと就職先は終身雇用の公務員だった。しかも内定確実。しかも、話を聞いていて分かったことがもう二つ。




1、かなりイケメン←ここ重要


2、学校の帰りは基本的に迎えに来る。




きっと彼女の彼氏に何かしらの落ち度があるように見えれば、僕はきっとそこに甘んじてこれからも彼女に想いを抱き続けていたことだろう。


 しかし、それは運が、天が、おそらく彼女が、おそらく彼氏が、許さなかった。許してはくれなかった。




 彼女の彼氏は、彼女が高校受験に悩んでいるときに手を差し伸べ、次いで告白をして、今の関係に至ったそうだ。同い年なので単純計算でも2年間は付き合っていることになる。そしてその時一瞬、奇妙な嫉妬心と意味のわからない憎悪が僕を刺激して、話に出てきた講師をやっているという高校に「○○という講師は女子高生と付き合っている」というメールをして地位を落とそうと考えてしまった。でも、僕の良心は、それを許さなかった。


――そんなことをして何になる。自分をみじめにしていくだけだ。


 見えない誰かに、鋭く囁かれたような気がした。


 


 そして自分のそんな薄汚い気持ちに気づいたとき、自分はもうここにいてはいけないような気がして、気づけば早足で迎えに来た親の車に向かっていっていた。


 社内ではただ無心でいて、親と何を話したのか、どういった道を通って帰ってきたかということさえ覚えていない。


 とにかく、「負けた」と思った。ルックス、経済力、精神年齢…。


 帰って、車から出て見上げた空に、オリオン座の星が見えた。うすぼんやり「確か、サソリから逃げてるとかいう伝説があったな」と思い出し、教室から逃げた自分をおぼろげにオリオンへ重ねて考え、そこへ立ち尽くしてしまった。


 ふといきなり強い風が吹き、僕を2つの意味で我に帰らせた。意識をはっきりと持つ、という意味と、彼女へ向かっていた意識が、自分に返ってきた。という意味で。


 そして、すがるものを失ったと感じた僕の心はすぐに、というか同時に次にすがる先を見出してもいた。それは大学への受験勉強だった。


 もうすがるものが人間になることは多分、無い。


 あと、今日から紙に何かを書き込んで行くことを決めた。紙以上に優秀な保存媒体は新在しないし、印象のみを大事にするのではなくて、書いてるうちに浮かんできた僕の心の奥側にある感情を引き出すために、書く。


 そして、極力それをみんなに見てもらえるようにする。それがだれかの救いになったり、参考になったりするかもしれないから。




 そして僕は冷えたからだで家の中へ入った。温かい、湿った空気が頭に覆いかぶさってくる。思考が鈍り始める。


 急いで自分の部屋に向かい、無記入のノートとペンを手に取った。記念すべき「独り」と深い思考をへの出発の期限を書き著さんとするがために。
















一言


また来週は同じ塾、同じ教室なんだ。


小学校以来の知り合い。多分一生付き合いがあるだろうと思う。


でも、多分俺はこの思いを奴らには知らせずに墓まで持っていく。


10年、小学一年から、意識が少し移った時期もあったけど、短いような長いような時間、君の知らないところであなたは僕の支えになってくれました。


こんなことを書いてもあなたに届かないことは知っています。でも、ありがとう。