すいぶんと長くなってしまいました。
今回で最後…たぶん最後…
さて、色々と感じたことを書いてみるとなんとなく“喜劇”というのが解るような“気”もします。
全員が片思いだったり、突然人生の立場が逆転してしまったり…
でも、でも。。。。。。。
たぶんチェーホフという方はかなり人間を斜めから見る人なんだろうなぁ~と思ったりもします。
今回チェーホフの戯曲は初めてで、もちろん“かもめ”も初めて、栗山民也の演出も初めて…
初めてづくしで“だから、こうだ”と言う意見は書けませんが… 多分、人間がああだ、こうだと悩み、苦しみ、一生懸命生きて行くこと事態が彼には喜劇に写るのかも知れません。
これから機会が有れば、彼の戯曲を読んでみたいと思いますし、色々な演出、翻訳、出演者でも見られればと思います。
最後に
実は幕が上がって直ぐに感じたことがあります。
それはコースチャの超えたい壁がかなり高くて、強固だということ。
彼を囲む人間達はニーナを除いてほぼ全員が人生半ばに達しています。
特に母も母の恋人も才能に恵まれて成功し、世間ではセレブと呼ばれる数少ない人間でもあります。その他には医者や退役軍人あり、教師もいる。
特に母の恋人であるトレーブレフは著名な作家であり、母を挟んでコースチャにとっては手ごわいライバルなのです。
彼と肩を並べ、彼を超えることは非常に大変なことでしょう。
それに恋するニーナまでトレーブレフに取られてしまうのだから…… 壁は厚く、高く、硬い。
コースチャは悩み、苦しみます。
でも周りの大人達はコースチャの苦しみにあまり興味を示さない。
何故なら自分が以前、はるか昔に通って来た道だから…
人生の出来上がった大人の中に傷つきやすい神経をもった『子供』が1人の図。
これは『子供』にとってはかなりキツイ。。。。。。
でも、コースチャ
人生なんて解らないょ。
トレーブレフだって今は人気のある作家でも、ピタッと筆が止まって書けなくなって、過去の名声で生きて行くしか無くなるかもしれない。
その頃、君は大作家で人気者だ。
母アルカージナだって、これから歳を重ねて、若い女優に大女優の地位を奪われ、貴方の元に身を寄せて暮らして行かざるを得なくなるかもしれない。
ニーナ以上に愛せる女性はもう出て来ないと思っているかもしれないけれど、貴方しか目に入らないほど一途に愛してくれる女性が現れるよ、きっと。
人生なんてそんなもの。
今、悪くても、きっと先には良いことがある。
何故、人生に絶望するの… 人生は最後の最後に目をつぶるまで解らない。
何を急いで結論をだす必要があるの?
人生なんて本当に解らないものなのだから。。。。。。
こんな言葉をかけてあげたい最後でした。
私も大人の中に子供1人で、無理解で無関心な彼らの中でとても苦労した時期がありました。
自分の経験がコースチャに重なって、一幕から非常に切ない気持ちで見ていました。
それにしても長いレビューでした。
見終わって、こうして色々と語れる舞台を私は好きです。
本当はまだまだ書きたい場面がたくさんあるのですが…… 充分ですね。
それにしてもどこが喜劇なんだろうか…苦笑