つづき…
さて、どこが喜劇なのだろう。。。。。。。
「四幕の喜劇」と副題のついた“かもめ”ですが……
舞台の上にはたくさんの“恋”がありました。
そして、それが全て“片思い”なのです。
教師のメドベジェンコはマーシャを愛し毎日6kmを歩き会いに通って来る。
マーシャはコースチャを愛し、相手にされないのは解っていて「この思いを根こそぎ引っこ抜く」と言いつつ諦めきれないでいる。そして、なんとマーシャはコースチャを諦めるためにメドベジェンコと結婚をして子供まで儲けるのに、そこまでしてもコースチャから目が離せない。
メドベジェンコは報われない…
コースチャはニーナを若者らしい一途な気持ちで愛している。
ニーナは自らの上昇志向も手伝って、大人で有名作家のトレーブレフを。
またコースチャの母アルカージナもトレーブレフを長い付き合いからの惰性もあるようだけれど、たぶん愛しているのだろう。
当のトレーブレフは若くて希望に燃えるニーナを可愛いと思う気持ちもあるがアルカージナと切れる気も無く、はっきりとせずにいる。
医師のドルンはアルカージナを高値の花と知りつつ愛している。多分、昔は恋人同士だったのかも…と思わせる2人である。そんなドルンをポリーナは夫のいる身で「結婚して」と懇願するほどに愛している。
どうだろう??
それぞれの思いが複雑に絡み合っている。皆が恋をしている。
そして、報われない。
でも、自分の恋にとらわれて、相手の気持ちを汲み上げることはしないのです。
誰も向かい合おうとしない…好きな人から目が離せず、愛されない辛さを抱えて、皆が不幸なのです。
アルカージナとコースチャ親子の関係も同様に不幸。
自殺未遂を図ったコースチャが「ママの包帯の巻き方は上手いから、巻き直して」と甘えるとアルカージナは母親らしく抱きしめて応じるのです。
母としての愛は充分に持っているのに、自分中心でどんな時も私が1番で主役でなくてはという性格が顔を出す。息子の一大事であるこの時にもです。
結局、トレーブレフの話題がきっかけで口喧嘩になってしまう。
親子関係の見直しをするという考えには至らず「私の恋人に焼きもちを妬いているの」という程度の考えです。
挙句、単純に年下の恋人トレーブレフとコースチャを引き離せば事が解決するという短絡的な考えしか浮かばないのです。
コースチャの満たされない思い。
そしてニーナとコースチャの関係。
ニーナは女優志願で有名になることに強い憧れを持っている。
その彼女には大女優を母に持つコースチャはどう映ったのだろう。アルカージナがトレーブレフを連れて帰って来た時、ニーナはチャンスが訪れたと感じたのでは?
コースチャとトレーブレフを比べて天秤にかけるような事は無かったのだろうか?
トレーブレフに気持ちが向いてしまうニーナの中に打算の匂いを感じないことも無い。
でも世間は彼女が考えるほど甘くは無いし、男女間も愛しているだけでは続かないこともある。
ニーナはトレーブレフを選んだことで自分にはドサ周りの女優が精一杯だという現実を突きつけられ、男の身勝手も知り、我が子を亡くす悲しみも知るのである。
さて二年後、コースチャはみすぼらしく落ちぶれたニーナに再会する。
コースチャはニーナが戻って来たことを喜ぶが……
「コースチャ、昔は良かったわね?覚えているあの舞台のこと。。。。 昔は良かった」
ニーナにとってコースチャはもう過去になっている。
そしてそのみすぼらしさとは逆に「私は女優よ」と未来に希望を見出し、「トレーブレフを今でも愛しているの」と変わらない愛を口にする。
女はたくましい…
コースチャは自分1人が二年前と何も変わらないことにショックを受けたのだろう。
自分のもとに戻って来たと思ったニーナが実は自分よりずっとたくましく人生を歩み、将来に希望をも持っていることに…
「昔は良かった」と話すニーナとの距離は離れていて、縮まることは無いのである。
ここで2人の立場はあっと言う間に逆転してしまう。
辛い人生に絶望しそうなニーナが実は未来に希望をもち、人気作家の名に手が届きそうな明るい未来を掴みかけているコースチャが人生に絶望して死を選ぶ。
やはり、どこが喜劇なのだろう。。。。。。。
つづく…
★あくまでも私の目線、感情での感想です。悪しからず…