私は基本的に完璧主義の傾向があり、恐らく親の教育もあって「こうであるべき」という考え方が強い子どもだった。なので、学生時代は割と真面目に勉学にいそしみ、第一希望には届かなかったが、なんとか現役合格、大学の成績も優(A評点)を40個取って卒業、バブル全盛期だったので、リクルーターの先輩に呼ばれて一部上場企業に就職、そして24歳という若さで結婚した。

恐らく生まれて初めてメンタル的な人生の挫折を知ったのはこの頃だった。結婚相手が私のもっと上をいく完璧主義者で、また私を自分のコントロール下に置こうとした。表面上はとても優しい人だったので(いったん怒り出すと暴走して非常に危険な人だったが)、ソロリソロリと地を這うような陰湿なやり方で追い詰められ、他人には全く理解されなかった。そして1年ちょっとでメンタルが危うくなり、我慢できずに家を飛び出して一人暮らしを始めたが、ほどなく連れ戻され、元の生活を余儀なくされた。

あの当時は、DVとかストーカーという言葉そのものがない時代だったので、当然いわゆる家庭内パワハラ・モラハラなどという概念も全くない。そして夫は悪くない、自分が悪いのだと半ば洗脳される。私はずっと「カゴの中の鳥」の状態で、いつカゴから脱出できるか、その機会をうかがってばかりの精神的に常軌を逸した日々を過ごしていた。

そんな中、さすがに心配した両親が出戻りを許してくれたことで、その後仕事で海外に逃げ出すという選択肢が見つかり、言葉のDVや執拗なストーカーといった夫の呪縛から解き放たれた。そして2年ほどの月日を経て相手も諦めた頃、ようやく離婚が成立した。(ちなみに帰国して再会した時、相手が逆上して刺される心配があったので、一緒に来てもらった弟を近くの車で待機させていた。今思うと結構危ないことが多々あった。生きていることに感謝。)

 

私はこの経験を通じて「どんなに思い通りにしようと思っても、人の心の奥底はコントロールできないもの」ということを学んだ。そして完璧主義だった自分自身も、実は色々なことをコントロールしようと無意識に行っていたことに気づいたが、それは無駄なことだと分かった。例えば家族、自分の子供、恋人、同僚、会社の上司・部下、社会や環境など・・。変えられないものを変えるためにエネルギーを費やすのは本当に無駄だと思う。そして、自分の力でコントロールして変えられるのは、自分だけ。自分の考え方、自分の行動、自分の信念。そういったものにエネルギーを費やしていくべきだと思う。

 

なぜわざわざこの表題で書いたのかというと、たまたま昨夜、10年来にわたって今の会社の創業期から一緒に働いて会社を支えてくれた従業員がいよいよ辞職したいという話を切り出したから。そしてふと私の頭にこのキーワードが浮かんだ。

昨年からそういう気配もあったので、飲みに連れていったり何度か今後、拡大展開していこうと思う話を持ち掛けたりはしてみたが、やはりそうなったか・・と。

大変残念な気持ちではあるが、でも今は彼が通い慣れた居心地のよい職場から飛び立って次のステージに踏み出すことを応援してあげようと心から思える。

考え出すと「あれはどうしよう」「これもどうしよう」って色々と計画変更も余儀なくされて困ることも多々あるが、ここ数年ずっと考えて出した結論なのだから、彼のチャレンジを快く受け入れて送り出してあげることが上司としてのつとめではないかと思えた。

そう思って目覚めた今朝の空気は、とても晴れやかで清々しく感じられた。