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【日本人PAが気仙沼、南三陸で医療支援- TMATに参加 】



 東日本大震災の被災者を支援するため、徳洲会病院グループでつくる災害医療協力隊「TMAT」には、国内外からさまざまな医療者が集まっている。米国からは、フィジシャンアシスタント(PA)やナースプラクティショナー(NP)の資格を持つ日本人女性も参加。PAとNPは医師と看護師の中間職種で、いずれも日本には存在せず、日本人PAは米国に4人しかいないが、このうち2人がTMATに参加し、宮城県沿岸部の気仙沼市と南三陸町で支援活動を行った。

 現在も335人が避難生活を送る、南三陸町の総合体育館「ベイサイドアリーナ」。4月上旬、館内の一室にあるTMAT診療ブースに、水色のスクラブ(医療衣)に身を包んだノール・玲子さんの姿があった。

 ノールさんは現在、ジョージア州北部にあるハミルトン医療センターで救急医療に従事するPAだ。医師が仕事に専念できるようサポートするのがPAの役目だが、実際は医師の医療行為の約8割をカバーするともいわれ、医師の監督の下、診察や処方、手術の補助などを行う。
 高血圧や糖尿病といった慢性疾患、花粉症などのアレルギー、そして精神的ストレスによる睡眠不足―。避難所の患者の症状はさまざまだが、4日から8日まで、医師に相談しながら、問診から処方までを行った。
 「医師よりも患者の目線に近い。臨床の判断をするための情報を伝えるだけでなく、それについて提案もしてくれる重要なパートナーです」。今回、初めてPAと仕事をした埼玉県総合リハビリテーションセンターの文村優一医師はこう話す。

 日本で医療行為ができるのか。来日前、ノールさんに確信はなかった。「患者の話を聞くだけでもいい。何かお手伝いができれば」。TMATへの参加を決めたのは、その一心からだった。
 「わたしだけ生き残ってよかったのかな」―。津波で家族を失った被災者の一言が忘れられない。目頭が熱くなった。「今までは、とにかく患者さんに声を掛けなきゃと思っていたけれど、何も言わずに聞いてあげるだけで、信頼につながるということに気付きました」。日本で医療経験のないノールさんにとって、日本人の患者の声に耳を傾けることが大きな糧となった。

■避難所で“日本人らしさ”再発見

 ジョージア州の公立病院でPAとして働く住谷樹絵梨さんは、現地時間の3月11日朝、ラジオのニュース番組で震災を知った。
 「日本人が苦しんでいる。体の中から『助けなきゃ』って思いました」。14歳で渡米し、在米15年目になる住谷さんだが、こうした気持ちがわき起こったのは初めてだった。その後、日本人医療者のメーリングリストでTMATの派遣を知り、すぐに来日を決心したという。

 品薄の状態だった安定ヨウ素剤3万錠と、抗インフルエンザ薬タミフル90箱をかばんに詰め込み、彼女が成田空港に到着したのは3月19日夜。その足で宮城に出発し、翌日の昼から25日まで、気仙沼市の避難所で医療支援に当たった。

 TMATでは「看護師」として登録されていたものの、ガムテープで作った“名札”に「PA」と書き込み、医師に相談しながら診察や処方を行った。先に避難所に入った日本人NPがチーム内の医療者から信頼を得ていたため、すぐにメンバーと打ち解けたという。風邪や花粉症などで、最初の2日間は80人ほどの患者が毎日受診したが、このうち半分は日本人NPと対応し、住谷さんは抗ヒスタミン剤やせき止めの薬などの処方を行った。

 「夜、周りの迷惑になるから…」―。せき止めの薬を求めてきた患者の言葉にはっとなった。「自分より周囲を気遣うなんて、米国では考えられない」。避難所での医療支援は、住谷さんにとって“日本人らしさ”の再発見につながった。

■今後の特定看護師の議論に期待

 厚生労働省は今回の震災で、日本の医師免許を持たない外国人医師による被災地での医療行為を認めており、他のケースにもこれを準用する形となっているが、日本人のPAやNPが国内で医療行為を担うのは極めて異例だ。
 「これを機に、わたしたちのような中間職種が日本にもできれば」―。ノールさんは、日本の特定看護師の議論に期待を寄せている。一方の住谷さんは、「日本の医療のパズルにどう入るか。わたしも“1ピース”にならなければと感じています」と力を込めた。







CBニュースより




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