あれは確か、15-16年前の年末に近い寒い時期だった。
当時、僕は福岡で歯科大生だった。
ある日の夕方、天神のコアビルを出て信号待ちをしていた。
目の前は片側3車線くらいの広い道で、長い横断歩道が横たわっている。
その先に、人だかりができていた。
ちょうど横断歩道を渡りきったあたりだ。
昔は岩田屋があったのかな、今はよくわからないけど西鉄ビルだろうか。
ざっと見て、50-100人程度の人だかりだった。
喧嘩かな?くらいに思った。
僕は先を急いでいたし、野次馬になる気もなかったので、覗くことなくやり過ごすつもりだった。
横断歩道の信号が青に変わった。
人だかりを避けるため、普通に横断歩道を渡らず、歩道の右端を歩いて人だかりを左手に見ながら通り過ぎるよう、足早に歩いていた。
憶えていないが、横目に人だかりを見たかもしれない。
人だかりの正体を確認することはなかったが、なんとなく喧嘩ではなさそうだなぁくらいに感じていたように思う。
とにかく急いでいたので、横目に見たのも一瞬だったと思う。
そしてまさに人だかりを通り過ぎようとした時、人だかりの中から男性の声が聞こえた。
「○○○~!!」
なんと言ったのか、今では全然思い出せない。
おそらく「誰か心臓マッサージできる人はいませんか~!」だったと思う。
とにかく切迫した声だった。
すぐに足を止め、人だかりをかき分けた。
目に飛び込んできたのは、声の主であろう男性が、仰向けに横たわる男性を、跪いて(ひざまずいて)介抱している姿だった。
その後の10秒くらいの記憶は、今では全くないし、もしかしたら当時からなかったのかもしれない。
思い出せるのは、声の主であろう男性の側で、僕も同じように跪いたことだ。
僕は心臓マッサージをした。
いつか授業でやったABCだとか、心臓マッサージのコツだとか、頭の中はフル回転しながら、全神経は心臓マッサージに集中した。
精一杯にやった。
懸命にやった。
なんとなく、息をしていない、心停止状態だろうと思っていた。
本当は、それはなんとなく思うことじゃなくて、確かめるべきことだ。
ABCのAがAirway:気道確保、BがBreathing:人工呼吸、CがCirculation[循環]:心臓マッサージが思い出せれば、わけないことだったのに。
その時は思い出せずに、ただ目の前の心臓マッサージ、これしか考えられなかった。
頭の中では、ABCの事を必死で思い出そうとしているのに、思い出せないままの焦燥感を感じつつも、とにかく必死だった。
少し我にかえったのは、仰向けに横たわる男性が「ぶほゎーっ!」といって反応したことだ。
人だかりから「おーっ!」みたいな歓声に似た声があがり、僕自身も一瞬ほっとした。
しかしその1回で男性の反応は終わり、また先ほどまでと同じように、ただ横たわるだけになってしまった。
本当に愚かである。
どんなに人工呼吸や心臓マッサージをしたところで、気道確保がなされていない状況では、意味がない。
あの時、それを思い出すこともできず、気付くこともできずに、僕は違うことを考えていた。
それは人だかりに対する怒りである。
男性がいつから倒れていたのかわからないが、誰かがもっと早くから心臓マッサージを施していれば、こんな状況ではなかったのではないか?
どうしてみんな、他人事のように取り囲んで眺めているだけなんだ?
今にして思えば、自分のしている心臓マッサージが奏功しない理由を、人だかりのせいにしたかったのかもしれない。
それでも、完全に傍観者を決め込んでいる人だかりが許せない気持ちだった。
役立たずのクズどもが!という、強い嫌悪感を感じていた。
なんか手伝えよ!という怒りがあったように思うが、確かに心臓マッサージは手伝いようがない。
人だかりの立場を考えれば、そもそも心臓マッサージなんてしたことがない。
自分にはできないと決め込んでいる。
自分は医者でもないし、専門家でもないから。
自分は違う、違っていて劣っている、違っていてその知識も資格も能力もない、だからできない。
ヤツらのこういうスタンスに、心底はらわたが煮えくり返る思いでいっぱいだった。
②へつづく
当時、僕は福岡で歯科大生だった。
ある日の夕方、天神のコアビルを出て信号待ちをしていた。
目の前は片側3車線くらいの広い道で、長い横断歩道が横たわっている。
その先に、人だかりができていた。
ちょうど横断歩道を渡りきったあたりだ。
昔は岩田屋があったのかな、今はよくわからないけど西鉄ビルだろうか。
ざっと見て、50-100人程度の人だかりだった。
喧嘩かな?くらいに思った。
僕は先を急いでいたし、野次馬になる気もなかったので、覗くことなくやり過ごすつもりだった。
横断歩道の信号が青に変わった。
人だかりを避けるため、普通に横断歩道を渡らず、歩道の右端を歩いて人だかりを左手に見ながら通り過ぎるよう、足早に歩いていた。
憶えていないが、横目に人だかりを見たかもしれない。
人だかりの正体を確認することはなかったが、なんとなく喧嘩ではなさそうだなぁくらいに感じていたように思う。
とにかく急いでいたので、横目に見たのも一瞬だったと思う。
そしてまさに人だかりを通り過ぎようとした時、人だかりの中から男性の声が聞こえた。
「○○○~!!」
なんと言ったのか、今では全然思い出せない。
おそらく「誰か心臓マッサージできる人はいませんか~!」だったと思う。
とにかく切迫した声だった。
すぐに足を止め、人だかりをかき分けた。
目に飛び込んできたのは、声の主であろう男性が、仰向けに横たわる男性を、跪いて(ひざまずいて)介抱している姿だった。
その後の10秒くらいの記憶は、今では全くないし、もしかしたら当時からなかったのかもしれない。
思い出せるのは、声の主であろう男性の側で、僕も同じように跪いたことだ。
僕は心臓マッサージをした。
いつか授業でやったABCだとか、心臓マッサージのコツだとか、頭の中はフル回転しながら、全神経は心臓マッサージに集中した。
精一杯にやった。
懸命にやった。
なんとなく、息をしていない、心停止状態だろうと思っていた。
本当は、それはなんとなく思うことじゃなくて、確かめるべきことだ。
ABCのAがAirway:気道確保、BがBreathing:人工呼吸、CがCirculation[循環]:心臓マッサージが思い出せれば、わけないことだったのに。
その時は思い出せずに、ただ目の前の心臓マッサージ、これしか考えられなかった。
頭の中では、ABCの事を必死で思い出そうとしているのに、思い出せないままの焦燥感を感じつつも、とにかく必死だった。
少し我にかえったのは、仰向けに横たわる男性が「ぶほゎーっ!」といって反応したことだ。
人だかりから「おーっ!」みたいな歓声に似た声があがり、僕自身も一瞬ほっとした。
しかしその1回で男性の反応は終わり、また先ほどまでと同じように、ただ横たわるだけになってしまった。
本当に愚かである。
どんなに人工呼吸や心臓マッサージをしたところで、気道確保がなされていない状況では、意味がない。
あの時、それを思い出すこともできず、気付くこともできずに、僕は違うことを考えていた。
それは人だかりに対する怒りである。
男性がいつから倒れていたのかわからないが、誰かがもっと早くから心臓マッサージを施していれば、こんな状況ではなかったのではないか?
どうしてみんな、他人事のように取り囲んで眺めているだけなんだ?
今にして思えば、自分のしている心臓マッサージが奏功しない理由を、人だかりのせいにしたかったのかもしれない。
それでも、完全に傍観者を決め込んでいる人だかりが許せない気持ちだった。
役立たずのクズどもが!という、強い嫌悪感を感じていた。
なんか手伝えよ!という怒りがあったように思うが、確かに心臓マッサージは手伝いようがない。
人だかりの立場を考えれば、そもそも心臓マッサージなんてしたことがない。
自分にはできないと決め込んでいる。
自分は医者でもないし、専門家でもないから。
自分は違う、違っていて劣っている、違っていてその知識も資格も能力もない、だからできない。
ヤツらのこういうスタンスに、心底はらわたが煮えくり返る思いでいっぱいだった。
②へつづく
