筆ペンあれこれ買ってみたりしたが、やっぱりダメ。

当たり前だけど、書きたいように書けない。

かといって、書道道具広げて書くってのもダメ。

それじゃ、まず書かないだろう。



いいものないかなーと思って、先日ダイソーに行った。

あった。

まず小筆と硯と墨の3点セット。

105円。

毛氈(もうせん:書道用の下敷きのことです)。

105円。

紙。

105円。

墨が滲みる紙じゃないので毛氈はいらないと思ったけど、いい紙見つけた時用に買っておいた。

105円だし。



ダイソーはいかんね。

あれこれ買ってしまうから。

ダイソーはいいね。

消耗品を安く買えるから。

結局、キットカットとか、きなこもちチロルとか、あれこれ買った。

ん?!消耗品って、食料品かぇ??

まあいいじゃないの。



ダイソーは広島県民の誇りじゃけぇのぅ~。

ダイソーみたいに、多くの人の役に立つ商売をしたい。

ユニクロも好きだけど、あれはお隣、山口県発。

故郷は広島県だけど、車で5分ほど行くと山口県という場所で、広島西端の田舎町。

どっちも近い、どっちも好き、どっちも応援、どっちも愛用、どっちも元気と勇気をもらってる。

さて、作品作るかのぅ。


$自分らしさブログ
山登りの鉄則で、「道に迷ったら、来た道を戻れ」ってあったよなーと思い調べてみた。

よそ様のページから一部抜粋させてもらいました。

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本やなんかによく書いてある、道迷いから遭難に至る心境を完全トレースしてしまったので今後の自分に自戒を込めて残しておきたい。

目印見当たらない、道に迷ったかな?と思ったら即ザックを下ろすべき。

背負ってると進んでしまう。

座って飲み物飲んで食い物食って、「こんなくつろいでる場合か?」というぐらい、じっくり地図コンパスで今後の身の振り考えたほうがいい。

「道に迷った=今自分は遭難している」とまず己を説得することに15分はかける。

行程に影響するから、と迷ったまま先に進むより、戻ったほうが絶対に早い。

なにより迷ってしまったら、進むべき道は向かう先には無い。

「おや!正しいルートに出られたぞ!」は起こらない。

唯一の正しいルートは、お前が登ってきた道だ!ゴールは下だ!

「もしかしてここ登ったら山頂行けるんじゃね?」はあり得ない。

「ここは行けなかったけど、あっちなら通じてるんじゃね?」もあり得ない。

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なるほどね~。

これって人生にもバッチリあてはまる。

まず道に迷ったことに気づくこと。

次に迷ったことを認めること。

そして客観的に分析すること。

「突然ラッキーなことがあって一発逆転」はあり得ないと心得て、着実に来た道を戻る。

書くと簡単そうだけど、できないんだよねー。



自分の間違いを認めることは、なぜか難しい。

否定は簡単にできるのに、間違いを認めるのは難しいって、おもしろい。

人は未熟な生き物だ。

間違いはあるし、むしろ間違ってばかりだ。

それでOKだし、それで完璧な人生だ。

間違ったら、また始めればいい。

STAND&FIGHT!

一流のプロスポーツ選手ほど、一球一打に一喜一憂しないんだと思う。

ど真ん中を見逃した!

それに捕らわれてたら、その打席は凡退確実。

ティーショットでミスをした!

それに捕らわれてたら、そのホールはボギー確実。

すぐに切り替えられるから、ピンチを乗り切れたり、逆にチャンスに変えたりできる。

ミスしたら「ミスした。」で終わり。

「ミスしちゃったよ~。あ~せっかくのチャンスだったのにぃ~。なんで上手く行かなかったんだろう。ここでダメなら、この試合やばいなー。あーくそぅ!」なんてのはダメなんだ。
子供は褒めて育てよう。

昨今、そんな風に言われていて同意しているけど、同時に違和感も感じている。

とにかく褒めろ褒めろ!ってことで、何でも褒めればいいってもんじゃないと思う。

子供は見抜いているからね。

親が何を求めて、何を期待しているのか。

上手に隠しているつもりでも、エゴ丸出しの親が褒めてばかりいると、子供は安易に「親が喜ぶ自分」でいようとする。

「親が愛してくれる自分」と「ありのままの自分」が、だんだん乖離していくよ。

よい子を演じている裏で心の中はとっても寂しい、そんな子になってしまう。



褒めるって結構難しい。

なぜなら、まず親自身が、自分をきちんと褒められていないから。

自分をきちんと褒められないのに、他人をきちんと褒めることはできない。

じゃあ自分を褒めるって、いったい何なのか。

それは、褒めるというよりは、どちらかというと「認める」ということ。

自分は生きていいんだよ。

自分は自分でいいんだよ。

自分は好きなようにやっていいんだよ。



「何かができない」「何かをもってない」そんな価値観で生きている。

だから、「何かができない」自分は価値がないんだと卑下する。

だから、「何かをもってない」自分はダメなんだと否定する。

そうやってどんどん、自分を認めない方向で考えている。

そんな思考回路で30年くらい生きてきた人間が親になって、子供をきちんと褒められるはずがない。

まず自分を見つめ直すことが、とっても大事だと思う。



近い概念だと、コーチング用語の「承認」になるのかもしれない。

全てを認める、その存在すら認める。

その上で、成長や変化をほめるってやつ。

どんな子供であれ、存在を100%認めてあげることが最優先事項。

そのためには、親がどれだけ自身を認められているかが問われる。

子供を褒めるって、奥が深い話だなぁ。