世の中、いろんな人がいる。

当たり前のことだ。

例えば自信満々な人。

自分の考えが絶対だと思ってる人。

自分に自信のない人。

自己卑下している人。

口では謙虚なことを言って、腹の中では舌を出してる人。

いろいろだ。



そんな風にいろんな人がいる。

けど共通点がある。

それは他人がどう思ってるか、に関しては自信満々なのだ。

他人が自分ことをどう思っているか。

他人がこう思ったから、こういうことを言った/やった。

このような「妄想」に対して、全く疑っている節がない。

完全にそう思い込んでるとしか思えない。

その自分の思い込みに対して、あーだこーだと反応する。

面白いと思うのは、自信がある人も、自信がない人も、この点に関しては一様に自信満々。

自分の価値観、判断基準、妄想アルゴリズムだけは、疑うことがない。



おばさま達が井戸端会議で他人の悪口言う分には、何も問題ない。

「今日はいいお天気ですね~」と「ちょっと~、○○さんって、●●だって~」「まじでぇ~」は同等だから。

最近体験した中では、裁判官やドクターとか、そういう人達も皆同じだった。

自分の価値観から、これっぽっちも出ない。

その外に世界があるとは、露程も思っていない。

僕はそう感じたが、もちろんそうでないかもしれない。

それはわからない。

現象としては、決めつけて、判断する、それだけのことだ。

決めつける基準は各人の中にあるが、それが「常識に近く」て「他人とそう違わない」と思っている。

そう感じた。



『井の中の蛙大海を知らず』

自分の狭い知識や見解に囚われ、他に広い世界があることを知らないで、得々と振る舞っている者のことを蛙に喩えた言葉。

何かを判断したり、決めつけることが、悪いことだとは思わない。

ただ、往々にして不健康、不健全だと思っている。

メンタルヘルスによろしくないだろう。

だって他人が何かをどう思うかってことは、

1 言い方や条件によって違う

2 その日の気分によって違う

3 誰が言ったかによって違う

4 その他に諸々の要素があり

それに加えて、十人十色の価値観があって、みな思考回路が違う。

だから「その時、他人がどう思ったか」に関して推測することは、非常に困難である。

その困難なことを一瞬で妄想する。

そして自分の出した結論「あいつはこう思ってるから、こう行動した/言ったに違いない」に対して、寸分の疑いも持たない。

当たり前だが、検証はしない。

そもそも検証できない。

科学が発達した世の中と言ってるけど、なんじゃそれと思う。

根拠がなく、検証もできないものが、皆を縛っている。

根拠がなく、検証もできないものに、皆が縛られている。

みんなドMなんだと思う。