世の中には正しいこと、間違ってることの2つがある。

そう思っていたが、高い視点から見たら正しいとか間違ってるは「ない」ってこと。

あー確かにそうだな。

何が「正しい」なんて人間が決めることだから、人によって違う。

さらに時代や環境、性別や年齢などによっても違う。

その時にその人が「正しい」と思うことはあるけど、共通認識として、あるいは神様だって認めるほど「正しい」ことって「ない」。

数年前にそう気づいた。

自分はそれをわかってる思っていた。

でもわかってないことが判明した。

とんだ勘違い。


自分の心のどこかで思っていたこと。

「正しいこと」「間違ってないこと」をしていれば、自ずと道はひらける。

「心が清らか」「みんなのために」と思ってやったことなら、悪いようには転ばない。

こんな勘違い。


「正しいこと」「間違ってないこと」はないんだ。

だから道がひらけるためには、開かれるためのアクションが必要。

あるいは必要な知識、強い決意、揺るがない信念が不可欠。

「正しい」「間違ってない」から開けるなんて。

とんだ怠慢。


「心が清らか」「みんなのために」と思ってやったことって。

いったい何と比べて清らかなんだ?

どうやって比べたんだ?

「みんなのために」と思って、その「みんな」は本当に喜んでくれたのかい?

「心が清らか」なら人生が常に好転するなら、じっと座って心を汚さなければいい。

こんな依存。



そもそも「正しい」「間違ってない」「心が清らか」「みんなのために」と無理に思う必要はない。

誰かに何かを言われ、お前は間違っているとレッテルを貼られ。

そんな心ない行為に傷つかないための、生体防御機構だから。

例え世界中から間違ってると言われても、本気で自分らしく生きた結果なら、後悔の必要はない。

人生のうち何時間、自分らしさを貫けるか。

そして自分らしく生きて、生きて抜いて、いつしか「自分らしく」なんて肩肘張らなくなったら本物だ。


若い頃は自分らしく生きると思っていたが、ありゃー一体何だったかのぅ。

死ぬ前にこう思いたいものだ。