誰でも損をしたくない、間違いを犯したくない、回り道をしたくない、死にたくない。

人生のあらゆる選択において、どちらを選びたいじゃなくて、損をしない選択をしようとする。

そのためにより保証がある選択をしたがる。より保険がありそうな選択をしたがる。



既に人が歩いた道というのは、宝箱は持ち去られている。

宝箱のオコボレを拾った人達は、来た道を引き返してこう言うだろう「この道には宝物がわんさか落ちていたよ。

ほらこれを見て、間違いないでしょう。

いますぐこの道を進むべきだ。僕の言うとおりすれば大丈夫だからね。

ちゃんとやり方教えてあげるけど、そのかわり前払いだよ。」



そんな道を進んでも、最も美味しいところは既に持ち去られている。

運が良ければ、誰にも気づかれなかった脇道があって、そちらにすごい宝箱が眠っているかもしれない。

あまり踏み荒らされていないような分野なら、踏み込む価値は十分にあるだろう。



誰も損をしたくないから、多くの人が踏み込んだ道の方が好まれる。

誰も踏み込んだことがない道を行こうとすると、多くの人が止めようとする。

「その道は危険だよ、止めた方がいいと思うよ、もう少しよく考えてからにしたらどう。」

こういう言葉に、説得力はない。誰も踏み込んだことのない道の危険性は、誰も知らないから。



誰かが踏み荒らした道を少しだけ歩いて、小さな宝物を見つけて達成感を得られれば、かなり幸せである。

でも、せっかく一度きりの人生だ

。誰も踏み入ってない道を開拓していった方がおもしろい。

川口浩探検隊のように「誰も入ったことがない」なんて事を吹聴するのではなく、本当に未開拓の道だ。

何があるかわからない、どんな危険が待ちかまえているか予想できない。そんな道だ。



あらかた予想できる道や人生なんて、何が楽しいのかと思う。

もちろん、計算できる安定した人生が最高だ!という人が多いのは知っている。

もし間違っていたら、危険だったらと思うから、未開拓ゾーンへは入りたがらない。

人が入ろうとすると、止めた方がいいよと助言する。

その理由は微に入り細に入り、リスクがもっともらしい言葉を帯びる。

その言葉は正しいかもしれないが、その正しさの分だけ、リスクの裏側に多くのメリットが存在する。

誰も知らない、見つけていない宝箱がある可能性が高いのである。