自分と同じレベルの人とだけ付き合うのは、ストレスが最も少ない生き方である。

心が大きく波打つことが少ない。

自分より上のレベルの人と付き合うと、自分を卑下したり自己嫌悪やコンプレックスを感じることもあるだろう。

逆に自分より下のレベルの人と付き合うと、納得いかないことや、どうしても間違っていると思うことを経験し、ハッピーでいられないかもしれない。



仮に死んだら肉体だけが滅びて、意識や霊と言われるものだけが残るとしよう。

これは、宗教で語られている平均的な考え方だ。

天国や地獄があるにしろないにしろ、自分が死後にいく世界は、死ぬ時に自分がいるレベルだ。

そして死んだら自分の意識や霊は、同じレベルの霊しかいない世界に行く。



同じレベル、同じ価値観だったら幸せだろうな、と思うかもしれない。

実際、とても幸せなのかもしれない。

しかし本来、意識や霊と言われるものは、成長を求めるものである。

漫然と幸せな状態が続くのを退屈に感じ始める。

心地良いが成長は少ない世界に、物足りなさを感じる。



そう感じるようになったら、現実世界で苦労したり大変であっても、成長できる環境がいかに恵まれていたのかに気づく。

そして生まれ変わりたいと願い、自分が成長するためにどういう人生のシナリオが適切なのか考えるようになる。

自分に足りないところを補うイベント、出会いを作る。これがいわゆる運命となる。



RPGに例えるなら、自分のレベルでモンスターが簡単に倒せる場所に居続けることと似ている。

どんなにたくさんモンスターを倒しても容易にレベルアップすることはない。

なぜならレベルアップするたびに、次のレベルに必要な経験値は二次関数的に上がっていくのである。

最初はスライム10匹でレベルアップできていたのに、ゲームが進むとレベルアップすることが苦痛になったりもする。

ゲームがある程度すすんでいるのに、スライム倒すだけというのは、非常に退屈極まりない作業となり、ゲームをしている楽しさを味わうことはできない。

スライムを倒すことは苦もない作業であるが、成長がないことが苦しくなってしまうのだ。



思い切ってレベルの高いモンスターがいる場所に行かないと、新しい情報を得られないし、必要なアイテムもゲットできない。

そうすることでゲームを進行させることができるのである。

もちろん危険を伴う作業だし、時にはパーティが全滅する憂き目に遭うだろう。

しかし、漫然とザコキャラを倒していても、ゲームは進行しないのである。



もっとも「人生の目的は成長である」という価値観がない人にとって、何言っちゃってんの?的な話である。

楽で何が悪い!と逆ギレされかねない。

「人生の目的は成長である」ことは、「人生はゲームだ」と同じように、死なないと分からないことだから仕方ない。