神様ですから、世俗的考え方とは違います。

人間の成長が一番大事で、そのためには少々の艱難辛苦は良い糧だ、くらいの考え方です。

「本当に意味」での幸福を、誰よりも長いスパンで見通せる。

「どうか良い人と結婚できますように」と祈ったとしましょう。

まず遠路遙々参拝に来てくれたことは、大変嬉しいことですね。

大事なのはここからです。

神様は祈願者の過去、現在、未来が見通せます。

関係各所の都合、レベル、タイミング全て見通せます。

それを踏まえた上で、どう思うでしょうか。



こんな人と結婚したい!という願いだったとして。

レベルが違いすぎる話なら、頑張ってね!で終わるでしょう(笑)。

まだ結婚前にやることがあるなら、そっちを頑張ってね!で終わるでしょう(笑)。

今世のテーマが結婚しない人生だったら、それに気付かせてくれるかもしれません。

こんな感じで、願いは聞いてくれるでしょうけど、人生の流れというものがあるのです。

限られた部分しか見えない人間には、知り得ない領域です。

見ている次元が違うのです。



それでも素直で純粋なら、神様も素直に加護するでしょう。

理想ばかり追い求めているなら、まずは自分を正しなさいという愛のムチがあるでしょう。

それでも日頃の感謝を唱えるなら、神様も感謝して加護するでしょう。

あれも欲しい、これも欲しいなら、よしわかった、じゃあ頑張りなさいという、愛のムチがあるかもしれません。

目に見えない世界、目に見える世界。

これは表裏一体ですから、目に見える世界ルールに置き換えて考えても、目に見えない世界のルールは通じると思っています。



今世のテーマが結婚しない人生だったとしても、日頃の感謝を延べ、日々を素直に前向きに生きている人なら。

結婚しない人生なんだけども、最高にいい人との出会いをセッティングしてくれるかもしれませんね。

日頃いつもあんなこと、こんなこと、知らないうちに全部面倒みてくれて、本当にありがとうございます!なんて言われて、イヤな気分にはならないでしょう?

むしろ、「お、そんなことまで気付いてるのか。いつも頑張ってるし、ちょっと何か協力してやろうか」という気持ちになりますよね?

一方、自分のことばかり願って、日頃知らないところで面倒あげてる部分とか、いっさい顧みない人だったら。

「まだまだ勉強することがたくさんじゃ。話は聞くけどせいぜい頑張れ」で終わるでしょう。

何もしないのも愛です。

あー、長くなってしまいました。

肝心の四要素は次回持ち越しで。


ありがとうございます。

つづきます。