和光同塵(わこうどうじん)-大辞泉

1 《「老子」4章「和其光、同其塵」から。光をやわらげてちりに交わるの意》自分の学徳・才能を包み隠して俗世間に交わること。

2 仏語。仏・菩薩(ぼさつ)が本来の威光をやわらげて、ちりに汚れたこの世に仮の身を現し、衆生を救うこと。



好きな四字熟語を3つ挙げろと言われたら、これははずせません。

私は1の意味ではなく、2の意味が好きです。

宇宙はエネルギー/波動で出来ているとか。

エネルギー/波動が高いほど、次元が高い。

当然、神様仏様は次元が高い。

我々次元の低い世界に住む者を救済する際は、次元を下げる必要がある。

つまりエネルギー/波動を低くする。

文字にするとなんてことないが、これは大変なこと。

例えるなら、偉い大会社の社長さんが下町に住んで、町内会会長をやるみたいな(^_^;)
(これ以上良い例えがみつかりませんでした…)



めげずに他の例えをします。

小学4年生になっても、満足に足し算、引き算ができない子がいたとしましょう。

その子に足し算、引き算を教えるとしたら、どうしますか?

なぜその子が足し算、引き算ができないのか?と考え、その子の気持ちになり、その子にどう説明したら理解してもらえるか、そこまで降りて行かないといけません。

微分、積分を教えるなら降りる必要なんてない。

むしろ勉強しないと教えられない(^_^;)



よく「相手の立場になって」とか言います。

これってすごく想像力がいることです。

相手の立場になるったって、実際にはなれないものだから。

役者さんみたいに、入り込まないとなれない。

打算なくそれをするというのは、愛だと思うわけです。

教えるというのも、実は目に見えない世界。

だって、相手がわかるかどうかは相手次第。

相手が本当に「わかった!」となるのは、本当にピンポイントな言葉だったりする。

そんなのピンポイントすぎるし、人それぞれだし、簡単にわかるはずない。

でも掘り下げたら見えてくる時もある。

可能性が低いとわかっていても、全力を尽くしてみる。

それも自分の修行、というより人に教えることほど自分のためになることはない。

だから自分の修行のつもりでやる。

そうやって深く潜った時、相手の心の琴線に触れる言葉を吐き出せる。

なんとなく、そんなふうに思う。


ありがとうございます。

つづきます。