外戚とは、王の母親または妃の一族のことを言います。この外戚が、日本の歴史において非常に重要な役割を果たしました。
特に有名なのは、藤原道長が一条・三条・後一条と3代にわたって娘を天皇の妃にしたことです。このときに摂関政治は全盛期を迎えました。その後、長男の頼道が関白を50年も務め、結果として道長の子孫が摂政・関白となるのが当然視されるようになります。これが摂関家という権門の成立です。
まとめると、
① 王の外戚となる
② ①を根拠に権力掌握
③ 権力を長期間保持
④ 権門の成立
となります。
摂関家をお手本に、外戚となることで権力を保持した又は保持しようとした歴史上の人物は多いのです。よく知られるのが平清盛ですが、源頼朝も娘の入内を図っていたとされています。
鎌倉幕府を新たな王権と考えると、北条氏は源氏将軍の外戚となります。また、比企氏が排除されたのも2代将軍頼家の外戚である比企氏が台頭して北条氏との対立を引き起こしたことによるものです。
北条氏は、初期では外戚であることを根拠に執政を行なっていますが、長く権力を掌握する事で、執権職を独占していきます。それと共に、北条氏自身が新たな権門として君臨していくことになるのです。まさに、藤原氏の権門確立の手法と相似形なのです。