小さい頃の夢は漫画家とか、デザイナーだった。とにかくものを作ったり絵を描くことが好きで、没頭していた記憶がある。

好きだけじゃ、お金はもらえない。

それは理解してる。
だから、デザイン系の進路の選択肢も敢えて選ばず今に至る。
ものを作るのは、自分の趣味の範囲内で
作りたいときに、作りたいものを作って
自分が満足すればいいやと言い聞かせてきた。
というか、自信が無かっただけなのかもしれない。
デザイナーとして世に出て、他の優れたデザイナーと戦っていく自信が。

あと、デザインが社会に与える影響が想像できなかったというのも、覚悟を決めれなかった1つの理由でもある。

例えば、昔憧れていたインテリアデザイナー。
お客さんと、何度も相談しながら部屋の内装を決めていく。相手の要求を聞くだけではなく、ニーズがありそうなものを会話の中から引き出し、提案する。
引越しを何度もしない限り、長い間その人の生活の拠点となる空間なので、提案したインテリアを気に入ってもらえれば感謝されるし、終わったあとは自分も達成感で満たされる職業だと思う。
ただ、そのお客さんにしか貢献できない気がしていた。(少なくとも、インテリアデザイナーの仕事をすることで発展途上国の人々に貢献することは不可能)

自分がやりたいことと、心の中で描いている実現させたい社会像があって、当時は1つの職業でこの2つを達成するのは不可能だと判断して、自分の理想の社会を実現できる仕事を選択した。

でも今になって、その2つを達成するのは可能なんじゃないか?と考えるようになった。

デザインで社会に恩返しする。

それが、私の野望。
デザインと言っても目に見えるモノのデザインだけではなく
人々の行動や、思考もデザインで影響を与えることができるのではないかと考えている。
それを達成するには、やはり私はここにいるべきではない。
この場所は、経験も自信もない私には
少し早すぎたんだと思う。

さあ、次のステージへ。
私の周りにいるカンボジア人は結構な頻度でお金や給料の話をする。
仕事をしている時も、ご飯を食べに行った時も。
口を開けば、自分の給料がどうちゃら、あいつの給料がどうちゃら。
そして、何故か他の人の月収を知りたがる。(どうでも良くない?他の人の収入なんて。)
理由はどうであれ、彼らの働く一番の目的は収入を得るため。

今まで自分の好きなことをさせてもらって、欲しい物を手に入れてきた日本人の私なんかでは
想像もつかないような苦労や悩みがあると思う。
だから「働くうえで一番重要なのは給料じゃないよ!自分がやり甲斐を感じる仕事をしようよ!」なんて口が裂けても言えない。

でも、彼らに対して疑問とフラストレーションは常に感じていた。
いつまでも与えられる身でいるのか?と。
NGOや世界の先進国の人がやってきてカンボジアを支援する。
何かを与えてもらうこと、それが当たり前になっているのではないか?
「この国を自分たちで良くしたい。学んだ知識を活かして国に貢献したい。」
そう本気で考えて実行に移している人ってあまりいないのかな?って思ってた。

そんな時に一人のカンボジア人女性と出会った。
幼い頃は貧しい家庭で育った彼女。
家族とのいい思い出があまりないと話していた。
また、田舎に住む人たちの話もしてくれた。
旦那さんが働きに出て、奥さんが家で家事をする。
そんな昔の日本のような家庭がほとんどらしい。
旦那さんだけの収入ではとても家族を養えないので、奥さんにも働きにでるように言う。
でも、奥さんはちゃんとした教育を受けておらず、知識が無いため、仕事の選択肢があまりない。
あるとしたら、お米を育てるくらい。収入も微々たるもの。
そんな女性たちがカンボジアの田舎にはたくさんいる・・・

彼女たちがやりがいをもって働ける場を作りたい。
そしてその夫婦と子供たちがが幸せに暮らしている姿を見届けるのが私のゴール。


そう涙ながらに語ってくれた。

NGOや支援という形ではなく、ビジネスでこの国に貢献する。
そう考えている外国人がたくさんいることは知っていた。
でも、そんなマインドを持ったカンボジア人は今まで見たことが無かった。
彼女のような人がこの先増えてくれればいいな。