久しぶりにでお買い物したよ目安が5万でちゃーんと使ってきた笑行ったら店員さんがお姉さんお姉さん久しぶり覚えてる最近全然来てくれなかったですよねぇぇって言ってきて若干焦ったしここでは1万円くらい使ったそれから行って買わないもりが3万も使ってしまった服はもう業しよーとしたのに他で円分使って終了がしょぼすぎて買う気失せたいっぱい使ったからまた頑張って貯金するぞーLIZLISAってウケいいかなぁ
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、神立の鶴沼でキロの行程を走り通すウルトラマラソンに初挑戦してきた。ウルトラ挑戦は、1年ほど前からこっそりタイミングをうかがってきていた。千波湖で石川走友会の方達から秋田ウルトラを誘われたり、ねぎぼん夫妻のウルトラ経験談を聞いていたり、トレイルでもキロを越える大会があったり。そして今回、震災で走る気力を無くしかけていた自分に渇を入れる為、自身代最後の記念になるイベントとする為、また何よりジョガーズや加波の皆さんの参加に勇気をもらい、参加を決意した。しかし、不安は少なくなかった。まず筆頭は連日の異常な暑さ。かすみがうらでの脱水失神が頭をよぎる。そして脚の弱さ。フルの距離には慣れたものの、その倍の距離を行けるか暑さでの練習量、質の低下もある。はっきり言って、暑さに弱い自分にはかなり無謀な挑戦だった。当日、まぁさんとかまきちろうさんを乗せたやすさんが迎えに来てくれる。走るのも心配だったが、終わって疲労した身体で帰れるかの方が心配だったのでとてもありがたかった。現地にはねぎぼん夫妻、きぃちゃん、加波の市村さんがいて、合流。夜にみんなでテント張ったり写真撮ったりしてると、キャンプでも来たかのような雰囲気で、自分はレースの緊張感を感じず過ごせた。スタート前、主催のたかりゅうさんが挨拶と注意事項説明。拡声器を肩から下げ、震災発生から今日に至る話をスタート3分くらい前までお話し。小さい村の夏祭り前みたいでなごむ。でも話ぶりから、人柄の良さと大会に対する愛情がにじみ出ていて、この人だからみんな安心して楽しめるし回も続いてきたんだろうなぁとしみじみ思った。そして深夜時、乾いたピストルの音と共にスタート。長い旅が始まった。とにかく先は長い。焦らずじっくり行こう。今回のコースは、5キロちょっとの周回コースを周と少し走ってキロにするもの。暗く知らない街を走るのはワクワクした。前方にはセーコさんときぃちゃんがおしゃべりラン。周囲のランナーはそれぞれ夜間の安全対策に、色々な照明機材を身に着けていて見ていて飽きなかった。暗いとは聞いていたが、裏の2キロほどの直線田んぼ道は外灯も無く本当に真っ暗闇。ライト点けていても転倒する人もいて、足元にはかなり気を配って進んだ。コンビニのお客さんが、走る行列を見て何事かと目を丸くしている。駅近くの小料理屋からは夏祭りの打ち合わせを終えたらしい客がぞろぞろ出てきて、ボクに声をかけてきた。客ゼッケン付けて、何大会田笑顔ではい、そうです。客何キロ走るのー田どや顔でキロです。客ええ凄いどこから走って来たの田もう説明面倒だなぁ。適当に言っちゃえ皇居からですよ。客ひ、ひええ皇居からなんてやってて、あっという間の1周完走。スタートエイドには多種のドリンク、食料が用意されていて戻ってくるのが楽しみな状態。エイドスタッフもみんな笑顔で元気に声をかけてもらい、ありがたく力に替えさせてもらった。周回ラップを見るとだいたいキロ6分6分半くらいのペースのようだ。陽が昇って暑くなってくる前に、キロくらい消化出来ていたらいいな、なんて考えていた。4周目くらいになると集団も少しず離れだし、一人旅の時間も増えてきた。先行していたやすさんに早くも追いかれる。自分のペース守ってと声をかけてもらい、フォームやリズムを確認する。エイドでまぁさん、かまきちろうさん、市村さん達と再会、みんな元気そうで笑顔こぼれる。空を見上げると、満月に近い月が夜道を照らしている。流れ星も見た。農道では風でかすかにざわめく葉音と、自分の足音しか聞こえない。公衆トイレから暗闇に出てきたランナーと鉢合わせしてお互いびっくり。遠くのマンションの各世帯の明かりが周回ごとに少しず消えていく。毎回決まった家の番犬から吠えかかられる。などなど、夜のレースならではの出来事が次々起こり、とても新鮮な時間を過ごした。気付くとあっという間の9周目、42キロ地点通過。エイドでは塩きゅうりやトマト、おにぎりを補給して、眠気対策に買ったリポビタンDもチャージして後半戦再開。東の空を見ると、さっきまで漆黒の闇だったのに、うっすらと紫色に地平線が見えてきていた。明るかった月も西に大きく傾き、徐々にではあるが日の出の時間が迫っていた。ここから太陽が昇る瞬間までの空の色の変化と言ったら表現が難しいけど、地平線をバックに虹色に広がっていくんです。見通しのいい農道では、見とれ過ぎて2度も転びそうになるくらい。心が洗われるような、とても貴重な時間でした。新聞屋がバイクで朝刊を配達し始める。コンビニに朝一の物資を積んだトラックが走り去る。コース脇の民家のカーテンが開き、寝ぼけ顔の子供が顔を出す。さっきまでお腹に付けたライトにむらがっていた虫が消えていく。街に、コースに朝が訪れた。距離はキロを超えていた。太陽は完全に登ったが、ひんやりした風が頬をなで、日差しもまだ柔らかい。疲労感はあるが、想像よりずっと元気だ。ずっと歩かず走り通せている。頼む、このまま涼しいままであってくれエイドではキロの部のテツくんがトップでゴールテープを切る瞬間に偶然立会い、更に元気をもらった。そして残りキロ、いよいよ気温も上がりだし、ウルトラのきさを思い知らされる。両足首にきく重りを付けたかのように痛く前に出なくなる。気付くと手の指先が痺れていて、軽い脱水症状。慌てて農道に設置された無人給水所のペットボトルの水を飲む。強い日差しに温められ、もはや完全なお湯。まずい。そろそろだな。この状態になるのはもちろん想定内。ウェアは涼しい夜用だし、帽子も被らない状態だったので長めの休憩に入る事に。エイド脇のテントに戻り、水浴び給水食料補給汗を拭いて帽子やウェアの着替え、ストレッチ。分はいただろうか、気分はリフレッシュされた。でも脚の痛みはまったく変わらず。ここで、後半何度か顔を合わせていたかまきちろうさんに再会。苦痛に耐えるボクを見て声をかけてくれた。さん、歩いてもいいんだよ歩いたって前に進んでいるんだから。そうだった。ボクの目標は時間内にゴールに辿り着く事。この一言で気持ちがスッと楽になった。この一言が無かったら、ボクは完走できなかったかもしれない。走り易い区間は脚を摺る感じだがなんとか走り、日差しの強い区間などは歩いて距離を伸ばした。夜間あんなに涼しい風が吹き気持ちが良かった農道は、炎天下で遠くが蜃気楼のように歪んで見える。歩くランナーが一気に増え、わずかな日陰に沿って一列で走る。その中でも驚かされたのは、高齢のランナー。みんな真っ黒に日焼けし、帽子も被らず、強い日差しの中をしっかりとしたフォームで走り去っていった。ゼッケンは番号ではなく、指名が刻印された特別なもの。鶴沼大会ではエンペラーと呼ばれ、常連の猛者達だった。悔しかった。この悔しさは、初めて出場した勝田キロの時も味わった。自分よりずっと年配で、下腹の突き出たランナーに次々に抜かれた。何事も継続は大きな力になるんだな。抜かれる度、元気をもらい必死に追った。そして残り2周。ゴールしたやすさん、ねぎぼんさんがエイドで激励してくれる。距離にしてキロちょっとだが、正直もう出発する気にならない。でもここで辞めたら絶対後悔する、這ってでもゴールするんだ気持ちでエイドを離れた。痛みで顔がゆがむ。足首はもう悲鳴をあげ、ふくらはぎは一度しゃがんだら攣ってしまうのは間違いなかった。次の曲がり角がなかなか見えてこない。俺、コース外れてないかと思うくらい長かった。ふと、他のランナーは辛くないのかと思い横目で見たら、なんとみんな歯が見えるほど笑顔なのだ。沿道の住人と立ち話する人、コンビニでガリガリ君を買って歩く人、好意でコース上に設置してくれたスプリンクラーで子供のように水浴びしてはしゃぐ人。よく見ると、エンペラー達も遊んでいた。これが、ウルトラの楽しみ方なんだ。そういえば、他のランナーとの会話の中にタイムとかベスト更新とかの話を一切聞かなかった事を思い出した。どうしてもレースと言うと急いでしまう癖が付いていた。ウルトラは長い旅、制限時間内にゴールできるように思い切り楽しめばいいのさそう言われた気がした。そしてラスト1周。相変わらず太陽は厳しい日差しを照りけ、下半身が痺れたような状態だったが、慌てず焦らず一歩一歩前に進んだ。追いき、追い抜かれるランナーに元気な笑顔を見せながら声を掛け合い、遂に最後のエイドが見えた。ねぎぼんさんが大きく手を振っているのが見えた。おいおい、裸じゃん笑いながら距離合わせのパイロンまで行って折り返し、白く光るゴールテープを切り、フィニッシュ。感動して泣いちゃうかなとか思ってたけど、涙も枯れ果て疲労感いっぱいでテント脇の日陰にへたり込んでしまった。最後は体育館でビールパーティ。みんなキロ走り切ったとは思えないほど元気で笑顔。特にエンペラーのおじさん達は、参加した女性ランナーに自分の武勇伝を遠々と聞かせ、口説きだしそうなほど一番元気だった。とても長い一日二日だったが、こんなに楽しく苦しく充実した時間を過ごした事は今まで無かったと思う。今は全身疲労と筋肉痛で、あんな距離二度と走るもんかと思っているが、きっとまた出たくなるのだろう。キロをもっともっと楽しむ為に。最後に、送り迎えをしていただいたやすさんをはじめ、長時間練習や応援激励してくださったジョガーズや加波の皆さんに心から感謝します。終盤、精神力が弱いボクの背中を押し、完走させてくれたのは皆さんの言葉や笑顔でした。今後もよろしくお願いします。ありがとうございました。