人生の転機 | SM♡Juliet☆Luv

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こんばんは


実は、、、


3月15日にオヤジ(旦那)が亡くなりました。

(ずっとオヤジと呼んでいたのでオヤジと書きます)


10年前の3月15日 初めて入院しました。

最初は原因がわからず大きい病院で検査してもらいました。その後も何度か脳梗塞で入院しました。


その3年後くらいに血液の病気が見つかり

抗リン脂質抗体症候群という病名でした。


3年前からは右側の麻痺がひどくなり車椅子でした。

その頃は、まだ手すりに捕まって自力で立つことや移動ができてました。


病院に行く時は私が補助をして介護タクシーで通っていました。歯医者は近くだったので車椅子を押して通ってました。


血液をサラサラにする薬の調整が難しく

2ヶ月に1回は病院に通い血液検査をして

薬の量を変えてもらっていました。


もともと東京の大きい病院に通っていたのですが

2ヶ月に1回通うのは大変とのことで

近くの総合病院に通うことになりました。

東京の病院とは、何かあったら行けるようにと

半年に1回は通っていました。


何度も脳梗塞を繰り返して

徐々に体力も落ちてきて自力でトイレに行けなくなり

1人で移動することもできなくなりました。


車椅子を変えてもらったり

トイレの手すりを外してベッド周りの手すりを付けてもらったりなど、その時の状況に合わせて変えてもらっていました。


病院に行く時は私では対処できず、介護タクシーの運転手さんに補助してもらい連れて行ってもらっていました。

通っていた歯医者さんに訪問歯科をやりませんかと声をかけてもらい、訪問で治療してもらいました。


髪の毛も訪問で来てもらって切ってもらいました。


週4日はデイサービスに行っていましたが

コロナの関係でショートステイだったりと

介護施設さんに対応してもらっていました。


今年の1月25日からショートステイで介護施設に行っていたのですが誤嚥がひどかったので1月26日の夕方家に戻ってきて、オヤジがお腹空いたと左手を動かしていたので、咽せたら、食べれないことを伝えて、お粥を食べさせて休ませました。


次の日に病院へ行き

そのまま入院になりました。


1月の半ばに先生には誤嚥がひどくなったら

長くはないと言われていました。


選択肢として

胃ろうをつける手術をして延命措置をとるか、

痛みを抑える点滴をして生命力に任せるかの、

どちらかでした。


胃ろうをつける手術をするにしても

血液の病気があるためリスクがあるとのこと


そして、、、

なにより本人が元気な時だったら

どんな判断をしたと思いますか?とのことでした。


オヤジは あまり頑張ることが好きではなく

なるようになるという考え方の人でした


オヤジの両親とも話した結果

出した答えは生命力に任せることでした。


コロナの関係で面会はオンラインでした。


1度目はオヤジの両親と私の3人で面会をしました。


2度目はオヤジの両親とお義姉さんと旦那さんの4人で面会できたそうです。


2度目も私にきてほしいとお義母さんに言われたんですが、せっかくなので家族で会ってきてくださいと言いました。


限られたオンライン面会なので、、、

2年以上会えてなかった両親とお姉さんに会えて良かったと思います。


3月15日 オンライン面会の日でした。


午後からだったので、ゆっくりしていたら病院から電話がありました。


『熱があるので急変するかもしれないので急いできてください』とのことでした。


両親と連絡を取り、向こうは1時間くらいかかるとのことでした。


私は急いでタクシーを呼び病院へ向かいました。


11時ごろに病院に着き病室へ


寒いのか震えていたので、『寒い』と声をかけたらオヤジの目から涙が流れてました。


お義母さん達が間に合うといいなと思いながら、病院に着いたら名前を言うと案内されますとLINEを送って、なんとなくオヤジの方を見たんです。


そしたら看護師さんが急いで来て

『今、心肺が止まりました』とのことでした。


え? 心肺停止? 


先生が来て『11時22分 お亡くなりになりました』

と言われました。


まだ目を開けているので生きてる感じに見えました。


落ち着け落ち着けと思いながらも涙は流れてきて


『頑張った』 『ありがとう』


とオヤジに声をかけました。


12時ごろにオヤジの両親が着いて亡くなったことを伝えて、お義母さんに抱きついて泣いてしまいました。


3月22日 雪が降った日に火葬して遺骨を持ってお墓へ行き家族だけの葬儀と納骨を終えました。


雨男だったオヤジ まさか雪とは❄️思わなかった。


そして5月1日に四十九日の法要をし、家族で食事をしてきました。


この日も雨でした☔️







5月2日が四十九日でした。


なんとなく ひと段落した感じです。


みなさんに 


『大変だったね』

『知らなかったよ』

『頑張ったね』

『なにもしてあげられなくて』


などなど 優しいお言葉をもらいました。


そして たくさんの人に助けてもらいました。


介護はやった人にしか本当の大変さは、わからないと思います。見てるより遥かに大変です。

いざ自分がやるとなると嫌だなどとは言ってられません。

時間に追われて嫌になる時もありました。


なんで私がこんな目にあうの?

なんで私がこんなことしなきゃいけないの?


怒ったり泣いたりした日もあります。

怒りも苦しみもあります。


私に与えられた試練だったんだと

私は超えられる試練なんだと

今は思っています。


会社の先輩で旦那さんを亡くした人と話したんですが


『前を向くしかないんだよ』

『楽しく生きるのがいいんだよ』


と励まされました。


仲良くしてくれてるモペンさん達からも優しいお言葉、供花もいただきました。




お友達にも支えられています。


本当にありがとうございます。


感謝しかありません。


本当に私は周りの人に恵まれてると思います。


何度言っても足りないくらい感謝しています。


『ありがとうございます』


そして これからも変わらず


『よろしくお願いします』