DMAT
DMATとは、災害直後に派遣される、医師・看護師・医療事務担当からなる機動性をもった少人数のチームのこと。阪神大震災以降、日本でも普及が進み東北の震災でも活躍しました。医師と看護師が必要なのは誰でも分かると思うのですが、輸送や補給を担当する事務方を入れているのがポイントで、機動力を持って自立して動くためには裏方の存在が必要であるということなんです。
今、私は吹奏楽の某連盟の出前クリニックを企画しています。よく話題になっている湖東・湖北で頑張っている学生のために何ができるか・・・これは連盟の理事会でいつも課題でした。吹奏楽指導におけるDMATにあたるものは何か。正確な知識を持ち指導できる力をもった講師、模範演奏ができ相談しやすい年の近いプレーヤー、そして楽器の不調に即対応できるリペアマンだと思います。予算が無尽蔵にあるわけではないので様々な工夫が必要ですが、この秋、なんとかチームの派遣を実現していきたいと思っています。楽器はクラリネットとトランペット(を含む金管)限定。内容は楽器の扱いから基礎奏法まで限定。押し売りにならないよう、手を挙げてもらいやすい雰囲気作りをして、中学校を中心に10バンド程度限定で・・・。すでにいくつかの高校大学のバンド、リペアマンには派遣にOKをもらっています。
湖北はまだですが、湖東地域までは中学校・高校を中心に県の一般のトップバンドである某バンドのメンバーに活躍していただいています。これは、いわばボランティアです。ボランティアは緊急時は助かるでしょうが、基本的には、ボランティアに頼らない体制にしていくことが望ましいでしょう。ボランティアは、ただ働きしてくれる便利な存在ではありません。ボランティアに対する敬意も必要ですし、正統な働きに対しては、当然謝礼も必要です。またボランティアはそれを依頼するクライアント?ホスト?側が仕切って初めて有効に活躍できると思います。現地に対応能力がないからといってボランティアが仕切ってしまうと悪循環にしかなりません。外野はあくまで外野なのです。吹奏楽の活動を続けるか否か、どのような内容を目指すか、主体的に行動するのはバンド自身でないと健全ではありません。コンクールだけが吹奏楽の活動ではありませんし、コンクールはむしろ音楽活動とは言えない面もあります。大人側が血眼になって子ども達を煽るのは、私はどうかと思います。よい賞にこだわっているのは子ども達ですか?それとも大人の方ですか?
大人が自分たちの活動としてコンクールに血眼になるのは全く問題ないし、発表の場・広報の場としてコンクールをもっともっと利用すればいい、一般バンドとしてよい賞をとれば(子ども達にも)認知が広がります。有能な地域の子ども達が南部の一般バンドに行ってしまうことも少なくなるでしょう。大人の吹奏楽関係者には、口先で射幸心を煽るのではなく、自分の演奏・自分のバンドの演奏を通じて自分たちの理想の演奏を啓蒙していってほしいと思います。
今、私は吹奏楽の某連盟の出前クリニックを企画しています。よく話題になっている湖東・湖北で頑張っている学生のために何ができるか・・・これは連盟の理事会でいつも課題でした。吹奏楽指導におけるDMATにあたるものは何か。正確な知識を持ち指導できる力をもった講師、模範演奏ができ相談しやすい年の近いプレーヤー、そして楽器の不調に即対応できるリペアマンだと思います。予算が無尽蔵にあるわけではないので様々な工夫が必要ですが、この秋、なんとかチームの派遣を実現していきたいと思っています。楽器はクラリネットとトランペット(を含む金管)限定。内容は楽器の扱いから基礎奏法まで限定。押し売りにならないよう、手を挙げてもらいやすい雰囲気作りをして、中学校を中心に10バンド程度限定で・・・。すでにいくつかの高校大学のバンド、リペアマンには派遣にOKをもらっています。
湖北はまだですが、湖東地域までは中学校・高校を中心に県の一般のトップバンドである某バンドのメンバーに活躍していただいています。これは、いわばボランティアです。ボランティアは緊急時は助かるでしょうが、基本的には、ボランティアに頼らない体制にしていくことが望ましいでしょう。ボランティアは、ただ働きしてくれる便利な存在ではありません。ボランティアに対する敬意も必要ですし、正統な働きに対しては、当然謝礼も必要です。またボランティアはそれを依頼するクライアント?ホスト?側が仕切って初めて有効に活躍できると思います。現地に対応能力がないからといってボランティアが仕切ってしまうと悪循環にしかなりません。外野はあくまで外野なのです。吹奏楽の活動を続けるか否か、どのような内容を目指すか、主体的に行動するのはバンド自身でないと健全ではありません。コンクールだけが吹奏楽の活動ではありませんし、コンクールはむしろ音楽活動とは言えない面もあります。大人側が血眼になって子ども達を煽るのは、私はどうかと思います。よい賞にこだわっているのは子ども達ですか?それとも大人の方ですか?
大人が自分たちの活動としてコンクールに血眼になるのは全く問題ないし、発表の場・広報の場としてコンクールをもっともっと利用すればいい、一般バンドとしてよい賞をとれば(子ども達にも)認知が広がります。有能な地域の子ども達が南部の一般バンドに行ってしまうことも少なくなるでしょう。大人の吹奏楽関係者には、口先で射幸心を煽るのではなく、自分の演奏・自分のバンドの演奏を通じて自分たちの理想の演奏を啓蒙していってほしいと思います。