世の中は広いし大きい。
人は雲を突き抜ける山に登り
光が届かない深海に生命の神秘を感じる。
しかし、世の中の情報が多量になだれ込むあまり
大事なことさえも簡素化され
本質的なことを見失ってきている
そしてそれは趣味である映画を見ているときに
どうにかいかんとせんと感じた。
まず20世紀少年を見たとき。
bacteria=細菌
virus=ウイルス
つまりイメージ的に共に病気になりそうというイメージがあるがまったく別物である。
そもそも細菌は個を持つが
ウイルスは寄生することで増殖している。
そのため治療法が全く異なるのである。
細菌では抗生物質。
風邪をひいたときによく病院でもらっているはずである。
そしてウイルスではワクチンである。
しかしワクチンとは治療というよりも予防であり、弱毒化したウイルスを体内に入れることで免疫応答を引き起こさせているのである。
しかし、この映画では本質的なことがまったく無視されていた。
詳しくは言わないがロンドンではウイルス兵器だったのに
日本では細菌兵器なのである。
仮にテロリストが2つの兵器を用意したかもしれないが、そしたらキリコさん1人では確実に無理だ。
とんでもない誤認識を植え付け、そしてマンガのセリフを棒読みの最低映画であった。
こんな映画期待しなきゃよかった。
20th century boyがものすごくかっこよくCMでは流れるがこの映画において全く重要視されていない印象を受けさせるところも腹がたつ。
僕にはこの曲に対して漫画以外にも特別な感情を抱いていた。
およそ20年前だがX JAPANがXの時代に
HIDEがボーカル
YOSHIKIとTAIJIがギター
PATAがベース
そしてTOSHIがドラムで演っていた
まぁ、僕がロックを一番最初に好きになったのはhideの影響であった。
彼の大ファンであった僕は10年前に初めて聞いたのである。
そして月日がたってまたこの曲が映画でフューチャーされていたので再びいろんなものがこみあげてくるが、
この映画があまりにも陳腐すぎてこの曲を台無しにしていた。
そして崖の上のポニョでは、
「DNAらせんの隅々に行き渡る」
「劣性遺伝子が汚染されたDNAにより突然変異した」
というセリフがやたら頭に残っている。
なぜならこの台詞が学問的な印象を与えようとしているが事実無言だからである。
こんなことが可能なら世の中に病気で死ぬ人もいなくなるであろう。
DNAと言えばなんとなくみんな違うもので
警察のDNA鑑定ぐらいし、、、としかか認識されていない。
これは国レベルでの大問題である。
国民の基礎科学への関心が低く、理系離れの象徴として言えるのではないのだろうか
そして世の中はだんだん文系に支配されていってしまうのか。
理系はオタクで研究室にこもり続けていくのか。
そんなことは絶対にしてはいけない。
理系がインフラを支えていくことがもっと必要であると思う。
そのためにも僕はどうしたらちゃんとした科学を浸透できるか考えている。
科学が浸透していかない限り、莫大な費用のかかる研究に対し補助金が支給されないため、世界との差がどんどん広がってしまう。。。
僕はノーベル賞がずっととりたいと思っていた。
しかし今の僕は後世の人がノーベル賞をとれる基盤を作っていきたいと思う。