自分の考えた事を振り返ってみる
どうも。
今回から子育ての中で自分が過去に考えていた事を書き残してまいります。
ウケ狙いではないので面白くは有りませんので悪しからず。
子育てで考える必要に迫られたのは妻のやり方を見ていて思う所が多かったのですよね。
優しさが優先される。
確かに優しさは必要だけど、それって非常に危ない感じがする。
妻は子供達に優しい。
いついかなる時も。
怒るのは自分の虫の居所が悪い時だけだ。
こう書くと妻の悪口を書いているようにも見えるがそうではない。
大人の都合と言うものを子供に教えるのだって立派な教育と言える。
何より今の教育の中で主役の子供達をお客様扱いし過ぎる向きも多く見受けられるからだ。
でも、そんな虫の悪い時もごくたまにしか無くて大概はニコニコと何でも認める教育方針らしい。
妻とは何度か話をした。
しかし彼女が意見を変える事は無かったから結局子供を怒る嫌な役は私か私の母親が受け持つ事になるのだった。
しかし救われる事にそれでも子供達は私やおばあちゃんを嫌いにはならなかった。
そして私とおばあちゃんの言う事は良く聞き、妻と幼稚園の先生の前では泣きじゃくって赤ちゃんのような駄々をこねた。
厳しさだって叩くばかりじゃない。
強く言って嗜める。
そう言う事だって子供には絶対に必要なはずだ。
子供の「手伝い」の定義も私と妻の間で隔たりがある。
妻は「やってくれる気持ち」が重要らしい。
それは立ち上がったばかりの赤ん坊ならそれもアリかも知れない。
だが幼稚園に上がった子供にそれは無いのではないかと思う私。
成長によって指導する内容だって変える必要があるのではないのか?
そう思うのだが・・・。
なので私は今子供にこう言っている。
「お手伝いは役に立たなければお手伝いじゃない。やり方をちゃんと聞いてその通りにできなければそれは邪魔なんだよ。出来ないならやっちゃいけない!」
そうして正しいやり方をやって見せて実践させる。
つたない手つきだが言う通りにやって見せた子供を褒めた時のあの笑顔は確実に成長の為の養分になっているのだと思うのですよ。
違うのかな?
私のやり方って古臭いのかな?
長くなるので今日はこれくらいにしときます。
それでは。
