シングルマザーは忙しい。
母親として家で働きながら、父親と同じだけ外で働かなければいけない。(おそらくうちの場合だけではないだろう)
家事をしながら仕事のことを考え、会社で子どもや家のことを心配する。
そんな生活が15年近く続いた。
今振り返れば、親らしいことは何一つできていなかった。
子どもたちのために働いているのに、子どもたちのために何もしてあげられない、触れ合えることがない、という後悔と自責の念は、私にとって未だに凄まじいものだ。昔も今も、それは消えない。
それでも、子どもたちはなんとか成長し、それなりに社会人になってくれた。
おかげで、子どもたちを養えるだけ稼げる超ハード&ブラック⁉︎な職場から、自分一人の生活分しか稼げないが、志していた夢の仕事に向けて勉強できる職場に転職した。
労働時間も減り、収入もかなり減ったが、縁遠かったワークライフバランスを得ることができた。
ようやく今、私は「自分のためだけに使える時間」を手に入れたのだ。
これほど贅沢なものはない。
本当に贅沢だと心から思う。
読みたかった本や、仕事に役立つ高価な専門書を、メルカリやブックオフなどでどんどん仕入れ、夢の横積み状態。
ほしかったCDも同じ手段で入手できて、今まで買えなかった大好きなアーチストのCDも、1枚分の値段で3〜4枚買えて聴き放題。。。
ちなみに、仕事で常に人と話し、かなり神経を消耗するので、仕事終わりや休日に食事をしたり遊んだりするのは、全く気を使わない親友級の友人ばかり。
今では、そういう気のおける数人の友人としか、私は付き合っていないが、もうそれで十分すぎるほど十分。
物質的に高価なものは何一つ所持していないが、縛られるものもなく自由で、幸せだ。
ところが、最近知り合った人から、趣味に合わないお誘いをいくつか受けて、やんわりお断りしたところ、どうやらその人には、私が何も楽しみを持たない寂しい人に見えたようで
「人生は楽しくなければいけない。あなたが楽しめることを探そう」
と言われ、なんとも言えない不快感を覚えた。
たまたま別の友人から得た私のうわべの情報で、離婚歴のある女性を何とかしてあげたいというその人の親切心から出た言葉であったのかも知れないが。
それにしても、楽しみなんて人それぞれだし、価値観だって人それぞれ、個人の考えを押し付けられるのは、それこそ迷惑でしかない。
私は、対人援助の仕事をしており、相談者の自立に向けて支援をするのだが、まれに勘違いしている支援者が、自分の価値観で「こうすれば、きっと本人は幸せに違いない」という自分本位の支援方針を打ち立ててしまう時がある。
それって、傲り以外の何物でもないのだか、本人は至って真剣に、困っている人を〝助けてあげよう〟と考えている。
あらためて、自分の身をもって、クライアント体験ができたと考えることにしてみたものの…
心して仕事に当たろうと、〇〇を締めなおす思いだ。
(はて、〇〇は、なんだっけか)