Q25 政府が原子力の再稼働の是非を見極めるため、原子力と火力、太陽光などの発電単価を比較しようとしています。そもそも発電単価とは何なのでしょうか。


 発電単価とは1kWhあたりの送電にかかった発電費用のことです。つまり、発電経費の総額を発電量で割って計算した平均単価です。この値が低いほど、その電源は見かけ上、経済的ということになります。


 発電単価=発電費用÷発電量


Q26 見かけ上と実際は違うのでしょうか。


 一つの目安にはなりますが、これで隠されてしまう情報もあります。


 たとえば、発電費用に本当にすべての費用が含まれているのか、または余計な費用まで含まれていないか、という疑問があります。さらに発電量も水増しされていないか、もしくは不当に低く操作されたものではないか、という疑問があります。つまり、恣意的に操作された事実が隠されてしまう恐れがあるのです。 


 具体例として、原子力と火力の発電単価について考えてみましょう。


 まず、原子力は燃料が5年間もち、価格も安定しています。ですから実質的に発電単価を決めるのは、分子ではなく分母の発電量です。出力は基本的に100%なので、稼働率を上げれば単価は急激に下がります。これに対して、火力は発電すれば燃料はすぐに消費され、常に追加の燃料が必要となります。しかも、2008年ごろから燃料の原油が高騰しており、発電費に占める燃料費の割合はかなり大きくなってきました。つまり、火力の発電単価は、発電量を増やすと燃料費を含む分子も大きくなり、原子力のように急激には下がりません。


 民間企業はどこもコストを削減し、利益を増やしたいと考えます。電力会社も同じで、発電単価をできる限り小さく抑えれば、利益が増える仕組みです。だとすると、運用の方針は明らかですね。原子力は発電量をできるだけ大きくし、火力は燃料費が高いうちは発電を控えればよいのです。


 原子力の発電量を大きくするために、電力会社はこれまでさまざまな工夫をしてきました。定期検査の短縮化、出力を拡大するためのタービンの改良、13か月の連続運転の長期化を法制化するよう国に働きかける、などです。ただ、原発の発電量を大きくしようと数を増やし過ぎると、どうしても夜間に電力が余ってしまいます。その余剰電力を使ってダムに水をくみ上げる揚水発電は、そのために生まれたといってもいいでしょう。一方、火力に関しては、石油火力の稼働率をピーク時だけに抑え、燃料費の安いLNG火力を優先的に使うことにしたのです。
 
Q27 つまり、発電単価は、運用の結果で変わるというのですね。そうだとしても、原子力、火力が
ともに経済的になるのであれば、電気料金も下がり、国民にとってはありがたいことなのではないでしょうか。


 安全性よりも経済性を優先し過ぎていなければ、その通りですね。


 福島第一原発では、少なくとも3年前に10㍍を超える津波が来る可能性が分かっていたのに、東日本大震災の直近まで国にも報告せず、防波堤を作るなどの対策工事もしていなかったという話がありました。そうした告知や対策工事が、原発の稼働率など経済性に影響を及ぼす可能性があり、避けていたのだとしたら、安全性よりも経済性が優先されていたことになります。原発のトラブルは他にもたくさんあり、大事に至らずとも小さな綻びは多いと考えるべきでしょう。


 また、別の論点で、本当に経済的なのか、という疑問もあります。


 発電費用には国の開発費や立地費が含まれていません。また、揚水発電の費用も含まれていません。立命館大の大島堅一教授がこれらを含めた過去38年間の発電単価(有価証券報告書などの公表データを使用)を算出したところ、「原子力+揚水」が火力を上回ったという話もあります。


Q28 国のモデルプラントの試算案では原子力の発電単価は「LNG並み」で最も安く、太陽光発電などとは比べ物にならないということですが。その中には開発費や立地費も入っているそうです。

 

 国の試算では、原子力の事故コストの試算は事業者間の「相互扶助」で40年間の積み立てに基づく保険を仮定していますが、被害額は5兆円程度です。54基分なのに、事故が多発するのを考慮に入れていません。また、核燃サイクルコストも処理が将来に先送りされているために費用は割引率で小さくなります。高レベル放射性廃棄物が地下水や地上に漏れてしまった場合の除染コストなどは考慮していません。


 これら計算の仮定にいい加減な要素があることに加え、これまで説明してきたような国や事業者の恣意的な運用があります。従って発電単価の計算では、経済性さえ満足に評価できていないかも知れません。


 太陽光に関しては、一般家庭などに設置する分散型の発電設備を考慮しています。こうした設備は出力が小さく、もともと発電単価の計算に不利なのです。つまり、商業用の発電炉のように分母が大きくなるように操作されたものではなく、原子力や火力などと比較するのは適当ではありません。それでも燃料は必要なく、原子力のようなやっかいな廃棄物も生みません。それだけで電気を自給自足するのならば送電線も不要です。


Q29 何を見て判断すればよいのでしょうか。 


 大事なのは、どんな数字やデータにも、恣意的な仮定が入り込み、しかも現実の一部しか表していないということです。本稿で取り上げた確率、期待値、平均単価のどれも同じです。それが何を表しているかを正確に理解し、隠された情報や意図を読み取る必要があるということなのです。

 

 ここで「統計でウソをつく方法」(講談社ブルーバックス)の著者で社会学者のダレル・ハフ氏が掲げている「ウソを見破る五つの鍵」を引用しておきましょう。


1.誰がそう言っているか(統計の出所に注意)

2.どういう方法でわかったのか(調査方法に注意)

3.足りないデータはないか(隠されている資料に注意)

4.いっていることが違ってはいないか(問題のすりかえに注意)

5.意味があるかしら?(どこかおかしくないか?)


Q30 数字にだまされていはけないということですね。原発の場合、市民グループなどが計測した放射線の数値もありますが、重要なデータの出所はほどんどが国や事業者です。


 本来はプラントのデータなどがすべて公表され、誰もがプラントごとの発電単価を計算できればよいと思います。そうさせないのは、恐らく国や事業者がデータを丸抱え、自分らに都合のよいデータのみを選択して公表したいためでしょう。原発は国策なのですが、安全性、経済性とも低く、実は必要性すらないということに気付かせたくないのかも知れませんね。 


 そうであるにせよ、ないにせよ、小出しにされる情報を吟味する目だけは養っておかなければなりません。それが、自分たちや次世代を託す子供たちを守ることにつながるのなら、なおさらです。


【参考文献】

ダレル・ハフ(1968)「統計でウソをつく方法」、講談社ブルーバックス


大島堅一(2010)「再生可能エネルギーの政治経済学」、東洋経済新報社

国家戦略室(2011)「エネルギー・環境会議コスト等検証委員会第6回会議(2011年12月6日)配布資料」、http://www.npu.go.jp/policy/policy09/archive02.html

日本経済新聞(2011)「原発の発電コスト5割増 新エネ計画へ政府試算」、2011年12月6日付け朝刊


Q21 事業者の連帯責任で保険を成立させるとはどういうことでしょうか。


 事故が起きた場合、その賠償を他の事業者と共同で負うというものです。


 米国ではプライス・アンダーソン法があり、原子力の事業者間に「相互扶助」制度が作られています。大型原子炉の場合、責任保険額3億7500ドルの民間保険を掛けます。もし、損害がそれを超えた場合は、その超過額を原子炉の運営者に対して、1基あたりの1億1190万ドル以内で割り当てます。後者は104基分の111億6000万ドルなので、前者と合計すると115億3500万ドルまでは確保できるというわけです。


 この割り当て方式の考え方を、日本にも適用して考えたのが、原子力委員会の原子力発電・核燃料サイクル技術等検討小委員会で示された「原子力損害賠償の積立を仮定した試算」です。試算では総支払額が5兆円で、それを全事業者の「相互扶助」で40年間で積み立てることを想定しています。


 kWhあたりの積立額を計算すると、


 5兆円÷40÷2800億kWh=0.45円/kWh


 原発一基あたりでは23億円に相当することから、原発を17基保有する東電の場合、393億円/年に相当します。ここまで平たくならせば、総支払額が5兆円といえども、負担できない金額ではありません。



福島第一原発事故について考える

図1 原子力委の小委員会が示した保険を想定した単価増の試算


Q22 そんな保険料ではほとんど保険会社の儲けにはならない気がしますが、引き受けてくれる損保会社はあるのでしょうか。


 米国の「相互扶助」は保険会社を通じたものではなく、直接的な負担です。日本の積み立ても同じで、船舶保険の事例を参考にしているようです。


 つまり、通常の損保会社が引き受けない損害、油などによる海洋汚染、船舶の沈没、座礁に伴う撤去費用などについて、船主たちが経済的な損失を保険しあう、営利を目的としない船主責任相互保険(P&I保険)のようなイメージです。


Q23 そうだとすると、大事故が起きたときに積立額の超過分を直接負担する必要がありますね。そんな巨額な負担に耐えられるのでしょうか。


 保険の積立額は毎年1000億円ですから、それを上回って損害が発生した場合には、各社が超過分を直接負担しなければなりません。米国の相互扶助は限度額が1基あたり1億1190万ドルですが、日本の制度が上記のものだと1基あたり米国の10倍近い、920億円となります。


 ですから、17基を保有する東電は最大1兆6000億円を一度に負担しなければならないことになります。自分のところで大事故が発生しても、しなくても、負担額は変わりません。仮に大事故が何度も立て続けに起きたら、事業者はすべて債務超過となって共倒れしてしまうでしょう。


 もっとも重すぎる巨額の負債を背負わなければならない場合は、①国が一部を建て替える、②融資の保証をする、③国費で除染する――などの方法で支援するのかも知れませんが。そうでなければ、そもそも民間の電力事業者が、これだけリスクの大きな原発を運営できるはずがないのです。


Q24 被害額5兆円は「現時点の数字」と説明されており、さらに増える可能性が大きいそうです。そうすると国自体が保険に入らなければいけませんね。


 独ライプチヒ大学から独立したグループが今年4月、福島第一原発の事故によって原発の損害リスクが高まったとし、ドイツの原発リスクを補償する保険の試算値を公表しました。それによると、想定される大事故の平均被害額は6兆900億ユーロ(609兆円)で、それを100年間の保険で賄うとすると、毎年の保険料は一基あたり195億ユーロ(1兆9500億円)になるというのです。


 「こんな巨額の保険料は民間会社が負えるものではなく、保険は現実的ではない」という結論です。日本でも同じでしょう。


 じゃあ国ならば負うことができるでしょうか。日本の被害額も同じと仮定し、日本の保険料を計算してみましょう。


 1兆9500億円×54=105兆3000億円


 国が原発の立地や研究にかける予算4000億円の263倍以上です。国の2011年の総予算220兆円ですから、その半分に迫る額でもあります。


 保険を引き受けてくれるメガ企業があったとしても、もはや国さえも54基分の保険料を支えきれないことは明らかではないでしょうか。


【参考文献】


U.S.NRC(2011) "Fact Sheet on Nuclear Insurance and Disaster Relief Funds",

http://www.nrc.gov/reading-rm/doc-collections/fact-sheets/funds-fs.html


Versicherungaforen Leipzig(2011) "Calculating a risk-appropriate insurance premium to cover third-party liability risks that result from operation of nuclear power plants",

http://www.kottinguhl.de/cms/default/dokbin/392/392220.calculating_a_riskappropriate_insurance@lv.pdf


原子力委員会(2011) 「原子力発電・核燃料サイクル技術等検討小委員会(第4回、2011年11月8日)配布資料」、http://www.aec.go.jp/jicst/NC/tyoki/hatukaku/siryo/siryo4/index.htm




Q18 原発の事故コストの議論では、期待値に代わるものとして保険料の換算値が示されました。手頃なコストで保険がかけられるならそれに越したことがありませんが、実際はどうなのでしょうか。


 保険が成立するには根拠が必要です。このことを詳しく理解するためには、民間の保険制度の基本を知る必要があります。そもそもなぜ生命保険や損害保険が成立するのか、というお話です。


 保険の基本は「相互扶助」、すなわち加入者がお互いに支え合うことです。


 生命保険は本人が死亡すると保険金が遺族に支払われます。加入者にとっては少ない掛け金で大金が手にできるように思えますが、保険会社が損をしているわけではありません。人口当たりの死亡者数はほぼ毎年決まっており、保険料の合計が毎年支払われる保険金の総額を上回るように、制度設計されているからです。


 保険料≧一人当たりの支払額×死者数÷加入者数


 死亡率を確率と考えれば、期待値の計算と同じですね。保険会社の役割は、加入者の間の「相互扶助」を仲立ちすることです。火災や交通事故などの損害保険も同じ仕組みで成り立っています。


 この相互扶助の関係が崩れたとき、たとえば、大地震が原因で、大量の死者が出た、火災で家が大量に焼失した、といった場合は保険が成立しません。ですから、こういうケースは最初から契約の対象外となっています。


Q19 政府が一部を補完する地震保険というのもありますよね。


 地震保険は、地震に伴う家屋、家財の被害を対象とする損害保険です。1964年の新潟地震を契機に、民間の火災保険の特約に組み入れる形で制度化されました。総支払額は何度も改定され、現在は関東大震災クラスの大地震を想定した5兆5000億円です。


 民間、政府の負担割合は総支払額に応じて変わります。1150億円までは民間の全額負担で、そこから1兆9250億円までは両者の折半。それを超えた分は政府が95%を負担します。民間の支払限度額は1兆1967億円で、どんなに大きな地震災害が起きても、これ以上増えることはありません(図1を参照)。


福島第一原発事故について考える
図1 政府が支援する地震保険の概念図(財務省の資料から)


 地震は毎年起きるわけではありません。保険料は積み立てられ、東日本大震災前の2010年3月末で積立金(政府、民間を合わせて)は2兆2000億円以上ありました。このように超長期で考えれば「相互扶助」が成り立つのですが、地震が起きて積立金を上回る保険金を支払った場合、巨額の負債を超長期にわたって抱えることになります。これは民間の負担能力を超えるため、政府が再保険を引き受けているのです。


 政府分の保険料は、国庫の地震再保険特別会計に積み立てられていますが、今回の支払額が積立額を上回った場合は、借入か一般会計からの繰り入れで特会が建て替え、将来の再保険収入で返済されることになります。


 つまり、政府が「相互扶助」をサポートし、保険を成立させているわけです。


Q20 なるほど。原発にも政府が引き受ける損害賠償保険がありますね。


 その通りです。原発の保険も政府が一部を引き受けているところは地震と似ていますが、細かくみると違いがあります。民間が引き受けるのは、主に機械の故障や人為ミスなど内的事象に起因する原子力事故に関する保険です。つまり、地震、噴火、津波など外的事象に起因する原子力事故は対象外で、その部分を含め政府が引き受けています。どちらも総支払額は1基あたり1200億円までというのは変わりません。

福島第一原発事故について考える
図2 原子力損害賠償制度の概念図(文科省の資料より)


 地震保険のように民間が一部を引き受けないのは理由があるのだと思います。恐らく、地震、噴火、津波に起因する事故が起きる場合は、今回のように集中立地している原発が複数、被害に遭うことが考えられます。つまり、


 総支払額=1200億円×(被害にあった原発の基数)


となり、最大で1兆円超の負債を背負う可能性があります。また、外的事象による事故リスクは、内的事象よりも3~4桁も高いのです。さらに、地震の場合は同時に通常の地震保険に伴う支出も最大1兆1967億円発します。これらを勘案し、原発の場合は内的事象と外的事象で分担しているのだと考えられます。


 内的事象だけとはいえ、一基当たり5000万円程度の保険料の積み立てだけでは加入者が少なく「相互扶助」が成り立たないため、国内24損保で組織する「日本原子力保険プール」が引き受け、海外の保険プールに再保険を引き受けてもらい、リスクの分散を図っています。


 つまり、プール制と再保険、さらに政府補償が「相互扶助」をサポートし、保険を成立させているということです。


 しかし、今回の福島第一原発の事故では被害額が5兆円を超え、制度の見直しが必要となりました。東京電力の損害賠償を支援する原子力損害賠償支援機構の仕組みはそのモデルになると考えられますが、基本的には事業者の連帯責任という究極の「相互扶助」で保険を成立させることになるのでしょう。