見えない霧の中で何が起こっているのか不安がよぎります。
でも見えない霧の中を見ようとせずに見える霧を眺めてみましょう。
むしろ見えないことの方が美しいことがあります。
ただ見えていることを受け止めて、霧を眺めてみればとても幻想的です。
霧が消えるまで待つことの喜びを感じて、見えないことの美しさを楽しんで、
安らぎの霧に感謝することが天の父母様のみ意かもしれません。
「詩編50章23節」
感謝のことばを自分の犠牲としてささげる者,
それがわたしの栄光を称える者である定まった道を保つ者には,
わたしは神*による救いを見させよう。
