仕事と家族と人生と
最近、ハーバードビジネスレビューを読み返していると、
面白くて面白くて読み止らなくなってしまいます。
大学生のときも読んでいたけど、いやー、あの頃はホント、
「知った気になっていた」だけだとつくづく思う。
いや、今もなのかもしれないんですがね(苦笑)。
P・F・ドラッカーは、1992年「多元化する社会」で次のように言っています。
「社会やコミュニティや家族は、いずれも安定のための存在である。
それらは、安定を求め、変化を阻止し、少なくとも減速しようとする。
これに対し近代組織は、変革のための存在であり、
常にイノベーションをも取らすようにつくられている。
イノベーションとは、オーストリア生まれのアメリカの経済学者
ジョセフ・シュンペーターの言う創造的破壊である。
したがって組織は、製品、サービス、プロセス、技能、人間関係、社会関係、
さらには組織そのものについてさえ、確立されたもの、習慣化されたもの、
なじみのもの、心地よいものを体系的に破棄していくように編成されるべきである。
要するに、組織はたえず変革を志向しなければならないのだ」
「組織の機能は、仕事に知識を適用することである。
しかも知識の特質は、それが急速に変化し、
今日の当然が明日の不条理になるところにある。
これに対し、技能は緩慢に変化し、しかも稀にしか変化しない」
すごい。これは、すごい。
なるほど、ビジネス(イノベーション)とコミュニティは相反するものなんですね。
社会に資本主義が浸透していくほど、社会は不安定になっていく。
これってすごく重要なことなんじゃないかと思います。
いうまでもなく、資本主義の原動力は絶えざるイノベーションです。
でも、そのイノベーションは、社会やコミュニティや家族や人間関係を
しばしば破壊していく。こんな自明なことを意識している人って少ないのでは?
イノベーションは、「変化」、さらには「成長」と言い換えることもできます。
逆の言葉は、「安定」「平凡」「調和」・・・。
安定がいい、平凡がいい、スローライフがいい、
その言葉は「成長したくない」の宣言といっても過言ではないでしょう。
そして、周囲が成長している中で、成長しないことは、後退や破滅に等しい。
なんて厳しい時代なのでしょうか、いや人生とはそんなものなのか。。。
とはいえ、安定や調和は、これもまた人間の大切な欲求だと思います。
自然界は、宇宙は、発展しながら調和していることも真実なわけで。
要はバランスが大事ということなのでしょうが、
果たしてその割合はどのぐらいがいいのでしょうかね~。
また、ドラッカーは速度についても言及しています。
技能は知識よりも遅い。まったくその通り。
せっかく身につけた技術や技能がいきなり役立たなくなることもある。
ロボットやコンピュータに置き換わってしまったりして、
技能工は常にリスクにさらされている。
昔は、「腕一本で食っていく」「一つのことを追求する美学」なんてのが
あったのでしょうが、現代において、その価値観は疑ったほうがよさそうです。
最後にこれが重要だと思うのですが、ドラッカーは
「社会が今日ほど多元化したのは600年ぶりであり、中世もまたそうであった」
と語っています。
中世も現代と同じ問題を抱えていました。それは、
「だれが共同体の利益の面倒を見るのか」
「だれが共同体の利益を規定するのか」
「だれが対立するもろもろの組織のバランスを図るのか」
ということ。
そして中世は結局その答えがでず、主権国家が勝利してしまったとか。
要は、多元社会は崩壊して、「絶対的支配者」が力で押さえつける
主権国家に集約されてしまった、ということです。
多元化は、人類が未だに解決したことのない問題です。
自分は「多様性(ダイバーシティ)」を支持したいですが、
資本主義と両立するかは、ちょっとよくわかりません。
ドラッカーはNPOにその未来の種を見たようですが、日本ではまだまだ。
ともかく「変化と安定はトレードオフの関係だ」ということは
頭に入れておいて損はないでしょう。
変化(給与アップ)も、安定(終身雇用)も、どっちも欲しい!
なんて道理は、そもそも通用しないのですね。
・・・ん、と考えれば、こういう発想もありそうです。
正社員 → 薄給で終身雇用
非正社員 → 高給で契約制度
正社員が「高給で雇用保障されている」のが問題なのでしょう。
企業は宇宙原理に合わせて人事制度を変えるべきですね(笑)。
面白くて面白くて読み止らなくなってしまいます。
大学生のときも読んでいたけど、いやー、あの頃はホント、
「知った気になっていた」だけだとつくづく思う。
いや、今もなのかもしれないんですがね(苦笑)。
P・F・ドラッカーは、1992年「多元化する社会」で次のように言っています。
「社会やコミュニティや家族は、いずれも安定のための存在である。
それらは、安定を求め、変化を阻止し、少なくとも減速しようとする。
これに対し近代組織は、変革のための存在であり、
常にイノベーションをも取らすようにつくられている。
イノベーションとは、オーストリア生まれのアメリカの経済学者
ジョセフ・シュンペーターの言う創造的破壊である。
したがって組織は、製品、サービス、プロセス、技能、人間関係、社会関係、
さらには組織そのものについてさえ、確立されたもの、習慣化されたもの、
なじみのもの、心地よいものを体系的に破棄していくように編成されるべきである。
要するに、組織はたえず変革を志向しなければならないのだ」
「組織の機能は、仕事に知識を適用することである。
しかも知識の特質は、それが急速に変化し、
今日の当然が明日の不条理になるところにある。
これに対し、技能は緩慢に変化し、しかも稀にしか変化しない」
すごい。これは、すごい。
なるほど、ビジネス(イノベーション)とコミュニティは相反するものなんですね。
社会に資本主義が浸透していくほど、社会は不安定になっていく。
これってすごく重要なことなんじゃないかと思います。
いうまでもなく、資本主義の原動力は絶えざるイノベーションです。
でも、そのイノベーションは、社会やコミュニティや家族や人間関係を
しばしば破壊していく。こんな自明なことを意識している人って少ないのでは?
イノベーションは、「変化」、さらには「成長」と言い換えることもできます。
逆の言葉は、「安定」「平凡」「調和」・・・。
安定がいい、平凡がいい、スローライフがいい、
その言葉は「成長したくない」の宣言といっても過言ではないでしょう。
そして、周囲が成長している中で、成長しないことは、後退や破滅に等しい。
なんて厳しい時代なのでしょうか、いや人生とはそんなものなのか。。。
とはいえ、安定や調和は、これもまた人間の大切な欲求だと思います。
自然界は、宇宙は、発展しながら調和していることも真実なわけで。
要はバランスが大事ということなのでしょうが、
果たしてその割合はどのぐらいがいいのでしょうかね~。
また、ドラッカーは速度についても言及しています。
技能は知識よりも遅い。まったくその通り。
せっかく身につけた技術や技能がいきなり役立たなくなることもある。
ロボットやコンピュータに置き換わってしまったりして、
技能工は常にリスクにさらされている。
昔は、「腕一本で食っていく」「一つのことを追求する美学」なんてのが
あったのでしょうが、現代において、その価値観は疑ったほうがよさそうです。
最後にこれが重要だと思うのですが、ドラッカーは
「社会が今日ほど多元化したのは600年ぶりであり、中世もまたそうであった」
と語っています。
中世も現代と同じ問題を抱えていました。それは、
「だれが共同体の利益の面倒を見るのか」
「だれが共同体の利益を規定するのか」
「だれが対立するもろもろの組織のバランスを図るのか」
ということ。
そして中世は結局その答えがでず、主権国家が勝利してしまったとか。
要は、多元社会は崩壊して、「絶対的支配者」が力で押さえつける
主権国家に集約されてしまった、ということです。
多元化は、人類が未だに解決したことのない問題です。
自分は「多様性(ダイバーシティ)」を支持したいですが、
資本主義と両立するかは、ちょっとよくわかりません。
ドラッカーはNPOにその未来の種を見たようですが、日本ではまだまだ。
ともかく「変化と安定はトレードオフの関係だ」ということは
頭に入れておいて損はないでしょう。
変化(給与アップ)も、安定(終身雇用)も、どっちも欲しい!
なんて道理は、そもそも通用しないのですね。
・・・ん、と考えれば、こういう発想もありそうです。
正社員 → 薄給で終身雇用
非正社員 → 高給で契約制度
正社員が「高給で雇用保障されている」のが問題なのでしょう。
企業は宇宙原理に合わせて人事制度を変えるべきですね(笑)。