TESEを終え、地元の病院では、これ以上治療に進めないとのことがわかったので、以前より気になっていた、セントマザーへと連絡をしてみました。

セントには、地元の病院でTESEをし、精子はいなかったが細胞らしきものはあった事を伝え、地元病院では、治療はできないことを伝えたところ、凍結してあるものを、一度送ってもらい治療が可能か確認してみます。との返事をいただけました。

地元病院とセントとで、連絡をとっていただけ、はるばる北九州に送ることができました。

調べてもらった結果…
治療に使えるとの返事をもらえました。
やっとスタートラインにたてたことに、うれしくなり二人で喜びました。

そして、6月に二人でセントに旅立ちました。
今年の1月にTESEをしました。
結果は……

精子は見当たらず、後期精子細胞らしきものはあるとのことでした。
精子が発見されるのは、数%とわかっていても、少しは期待もしていたので、ショックはショックでした…
旦那も、痛い思いをしたのに、精子がいなかったことにショックをうけてました。無精子症と判明してから数ヶ月たっていましたが、その日、初めて旦那が涙を流していました。その日は、二人で泣いてしまいました…。


大学病院では、後期精子細胞での顕微授精はしていないとのことでしたが、旦那もがんばったし、処分することは、どうしてもできなかったので、凍結はしてもらうことにしました。
そして、これからのことをおちついてから、考えようということになりました。
病院からの結果は、重度な男性不妊の無精子症でした。
その結果を聞いてからは、夜な夜な泣いていました。旦那にもきつく言ってしまったりしました。旦那が悪い訳ではないし、私が悪い訳でもない。それは、わかっていても、そのときは、旦那にあたり散らしていました。一番、当たり散らしたかったのは旦那なのに…。
無精子症がわかってからは、ネットで調べたり、旦那と話し合ったりしました。話し合いのなかで、離婚と言う言葉もでてきました。旦那から…。ものすごく悩みました。離婚をしたいわけではなくて、旦那の口から離婚と言う言葉を聞いたのがショックだった。ただ、旦那の子供がほしいだけなのに…。

いろいろ話し合い、地元の大学病院で、MD-TESEをする選択を選びました。