
育った環境のせいからか、当時のアイドルの歌から、演歌まで耳にした歌はよく覚えて口ずさんでいました☆
私の生まれて育った街は、下町で昔から酒の街と知られる街、
酒場がたくさん集まっていて、そのまた昔は
遊郭があった街。
その名残もあり、旅館かな?と思われるくらいの大きな家がたくさん残っていました。
その街で、私の母親は
バー
を経営していました。開店したのは、私の5つ年上の姉が生まれた昭和36年頃で、
姉の名前を一文字とって、お店の名前にしたと聞いています

お店は、一軒家の一部を改装しただけの小さなお店でしたが、
お店を持つのが夢であった母は、こんなに早く自分のお店が持てるなんてと
店を出す事に協力してくれた父に感謝したそうです。
母は、四国の徳島出身で
舞妓さんや芸子さんに憧れて、学校を出て京都に来ました。
しかし、貧しい生活でたくさんの兄弟がいる母は、
お金を稼ぐ事だけで懸命だったらしく
舞妓さんのいるお店でも女中見習いで、着物を着る事さえなかったようです。
父と出会って、結婚して
姉を生み、そしてお店の開店
その頃の母は、きっととても忙しくて、それでいて輝いていたと私は思います。
洋館建てのお店とは雰囲気が違い演歌がよく流れていて
お店の裏と2階が自宅になっていたので、自然と曲が聴こえてきました

母は、美空ひばりが好きで、レコードをよくかけていました。
途中から、カラオケも入り、美空ひばり以外の曲もたくさん聴こえてきて
子供の頃から美空ひばりや他の演歌は口ずさんでいました

小学校に入ると、
近所の友達を集めては、歌ごっこを開催?
地蔵盆では、おもちゃのマイク片手にアカペラでよく歌っていました。
テレビの中のアイドルに憧れて、
大きくなったら歌手になりたいといつも思っていました

アグネスチャン、麻丘めぐみ、天地真理…
テレビで見たら、すぐに覚えて振り付けも真似て踊っていました。
山口百恵は、格別で
ピンクレディーもお手のもの☆☆☆
憧れましたね~♪
いつか私もって

生まれ育った環境からか
音楽が大好きで、
歌が大好きでした。
ただ、歌詞の内容など何にもわからないのに
歌って踊って、活発な小学生でした

テレビの中にいつか入りたい…
夢見る少女は、母の影響をまともに受けて
今も時々、鼻歌で演歌は歌います

∽風見鶏∽