今だから話せること。






震災時、私は妊娠中でした。





妊娠してたため、

周りからの大反対により、

実家の仙台に行きたくても行けませんでした。



今行かないと後悔する



と泣きながら旦那様に直談判し4月1日にようやく仙台入りできました。



が、遺体安置所に行っても、

妊娠中だからという理由で、

数々のご遺体の写真も見せてもらえず。





(なんで今妊娠してるんだろ?赤ちゃんなんてできなきゃよかった・・)





と、自分が悪いのに最悪な事を考えるようになりました。






(赤ちゃんなんていなければいい)






と思っては罪悪感で泣いてしまい・・・




父を見つけてあげるためには、

自分は死んでもいいとも本気で思ってました。



赤ちゃんより、父が優先でした。




ごめんね。ごめんね。

最悪なお母さんのところにきちゃったね・・・。






坊には・・・



震災からかまってあげることができず、

坊どころじゃなく、気持ちに余裕がもてずに、

冷たく接してしまったり、

寂しい想いをさせたと思います。




そんな私に坊は、

泣いてる私を気遣い、

ハンカチをさしだし、



『お母さん。もう泣かないで。』



と、目に涙をいっぱいためて、

私の頭をなでなでしてくれてました。

一緒に泣いてくれた事もありました。



ごめんね。ごめんね。

お母さん泣いてばかりいて。

こんなお母さん毎日みてるの嫌だよね。






父が戻り、気持ちも落ち着き。



くぅちゃんが誕生した日には、

産婦人科の先生をはじめ、

両家母親、みんな無事に生まれたことにないてましたしょぼん




(お父さんも喜んでるね)



て、皆で思いました。





つわりで大変な時、

応援で来てくれて、家事をやってくれたり、

つらい時にはいつも助けてくれた父。




女の子の孫が欲しかった父。





くぅちゃんを見せてあげたかった。






父のためにも、子供たちが毎日笑顔で暮らせるようにがんばらなくちゃ。




震災で子供たちには最悪な母親だったけど、

子供たちがいなきゃきっともっと最悪だっただろうな。




あんなこと思ってごめんね。

本当にごめんね。




二人が隣にいてくれて本当によかった。





ありがとう。

坊とくぅちゃん。





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