今まで、ヤコブの話をずっと聞いているね。
ヤコブはベエル・シェバからハラン(カラン)まで逃げました。
その道のりは800km。
私たちの住んでるアデレードからメルボルンまで727km。
みんな、メルボルンまで歩いて行ける???
すごい距離だよね。この距離をヤコブさんは歩きました。
ベエル・シェバは今のイスラエル。
そしてハランは、今のトルコ。
なんと、ヤコブさんは外国まで逃げちゃったんだね。
じ・つ・は![]()
私も逃げてはいないんだけど、外国の韓国に住んでいたことがありました。
1997年のことです。
最初の一年間はいつも泣いていました。
23歳だったので、ちょっとしたホームシックだったのかもしれません。
「なんでこんな早く結婚したんだろう」とか
「なんで私だけ一人ぼっちでこんなところにいるんだろう。」と
思っては悲しくなって泣いていました。
つらい思いをかみしめながら、韓国に3年もすみました。
その時はなんで自分が韓国にいるのか、わけわかりませんでした。
きっとヤコブもそうだったのかもしれません。
そのあと2000年から2年間は、主人の日本語の勉強のために、
日本で暮らしました。
そして、その後また韓国へ![]()
次に日本に戻って来た時は、2003年になっていました。
日本に帰ってみると、2003年からヨン様ブームが
巻き起こり、韓国ブームになりました。
たくさんの人は羨ましがりました。
「韓国に住んでいたの
韓国語が話せるの![]()
ドラマを字幕なしで見れるの
いいなーいいなー
」
つらいなーと思っていた韓国生活、
なんで韓国にいるのかわからなかったけど、
全てに意味がありました。
教会に韓国人のクリスチャンを呼んで、
神様の事を伝えるイベントを行なったり、
韓国語を教えたりできました。
韓国語で神様の事をたくさん伝える事ができました。
そして、そこで劇的な出会いがありました。
それはOさんたちとの出会いです。
私たちが韓国語を教え、Oさんたちが習いに来た。
そこで出会いました。
そしてOさんたちがアデレードへ行くことになり、
なんだかんだといいながら、
私たちもアデレードに来ちゃいました。
私が韓国で苦しまなかったら、
こんなに韓国の事を知らずにいたかもしれません。
もし韓国語が話せなかったら、Oさんたちに出会うこともなく、
オーストラリアに来ることもなかったかもしれません。
人間はその時には意味がわからないこともたくさんあります。
みんなは学校で勉強してるけど、
なんで勉強してるのか、わからないかもしれないね。
でも、神様は一番素敵に私たちを作ってくださいました。
そして、神様のきちんとした計画の中で
私たちを成長させようとしてくださいます。
意味のよくわからないことがあっても、後になってみると、
必要なことだったんだなぁってわかります。
つらくても、意味がわからなくても、神様を信じて、神様を信頼して、
前を向いて、しっかり生きて行きましょう。無駄な事は何もありません。
・・・創世記29:1-30,31:3・・・